BALLET & DANCE = My LIFE

バレエのこと。ダンスのこと。

001 ラ・シルフィード

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ラ・シルフィードは、現在でも上演される全幕物のバレエの中では最古に分類される作品です。これまでのバレエの概念を覆す斬新な技法や演出は初演時から大好評を博し、フランスで発展したロマンティック・バレエの傑作の1つとして、今なお全幕やガラで踊られる人気作品の1つです。

La Sylphide was performed in 1832 for the first time at Opera du Paris choreographed by Filippo Taglioni. 

 

「全幕は長いよね‥、見せ場だけ観たい!」という方は、ぜひこちらを。 

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シルフィードとは「妖精」のことですが、タマラ・ロホの妖精感、すごいです。まずポワントのバランス力が抜群なので「がたっ」と落ちて重力を感じさせることがありません。そして、腕の動き。細かいジャンプ系が多く力が入ってしまうことの多いこの作品で、上体を一切力ませずにあれだけ腕を柔らかく使って踊りこなすタマラ、あっぱれです。

そして、ジェームズ役のスティーブン・マックレーも、これでもかと続く細かい足技を難なくこなしていて、さすがです。両者◎の素晴らしい映像なので、ぜひご覧ください。

 

この作品のポイントは、(1)この作品の歴史を伝える2つのバージョンと、(2)トゥシューズの技法を生み出したこの作品の革新性にあります。そこで、以下の目次でラ・シルフィードの魅力をお伝えしたいと思います。

The two points of this ballet are: (1) History which includes two versions, Lacotte version and Bournonville version (2) Revolution which includes methods by toe shoes and romantic tutus were used for the first time.

 

 

(1) 歴史 - History

ラ・シルフィードは、フィリッポ・タリオーニの振付によって1832年パリ・オペラ座で初めて上演されました。初演のタリオーニ版で圧倒的な人気を得たラ・シルフィードは、まさにこのバージョンが定番となるはずでした。

ブルノンヴィル版

しかし、現在、世界で最もポピュラーなラ・シルフィードは、タリオーニ版の4年後、1836年にデンマーク・ロイヤル・バレエで初演されたブルノンヴィル版です。

タリオーニ版が初演された当時、デンマーク・ロイヤル・バレエのバレエ・マスターであったオーギュスト・ブルノンヴィルは、タリオーニ版を観ていたく感動し、ぜひともデンマークでも上演したいと申し出たのだといいます。しかし、このバレエのために書かれた曲のスコア貸出料がべらぼうに高く、願いは叶わなかったのでした。

 

しかし、それでも諦められなかったブルノンヴィル。なんと新たにデンマークで作曲家を雇って曲を作ってもらい、自ら振付をして、ブルノンヴィル版を完成させたのです!なんたる情熱…初演時にブルノンヴィルが感じたラ・シルフィードインパクトが想像できるエピソードです。

ちなみに、ブルノンヴィルは、フランスにて盗作の疑いで訴えられてしまったとのこと…確かに、ストーリーや細かいエピソードがそっくりで(ただし、音楽と振付は全くの別物です)、私がタリオーニだったら文句を言いたくなるかも…

 
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タリオーニ版

一方、初演のタリオーニ版。歴史の途中から初演のタリオーニ版はぱたりと上演されなくなってしまうのですが、それにはフランスの歴史が関係しています。

少し時代を遡ると‥

1789年にバスティーユ襲撃によりフランス革命が始まり、1804年にナポレオンがフランス皇帝として自ら戴冠。わずか8年後の1812年には追放され王政復古が起こるものの、初演のわずか2年前の1830年には7月革命によってブルボン王朝が倒される…フランスは、この時期、近代に向かう一進一退を繰り返す大変不安定な時代でした。

 

国内政治の不安定さはやがて文化にも波及し、「芸術の都パリ」は凋落していきます。特に、バレエの場合、徐々に女性舞踊手が中心となっていく中、劇場の財政力が脆弱でパトロン頼みの生活をしていた女性ダンサーがやがて高級娼婦化し、フランスバレエは腐敗していきます。その結果、タリオーニ版は上演されなくなってしまったのでした。

 

しかし、20世紀も後半になってタリオーニ版に転機が!

立役者は、パリ・オペラ座でプルミエ・ダンスールとして活躍した後、みずからのバレエ団を設立して振付などを行っていたピエール・ラコット。傍らでロマンティック・バレエの研究を行っていた彼は、テレビからの依頼で、途絶えていたタリオーニ版を、美術館のアーカイブや絵画など膨大な資料を元に復刻することになったのです。(テレビ用映像は1972年1月1日に放映されました。)

その後、初演が行われた本家オペラ座が、ぜひガルニエ宮で上演したいと要請し、 かくして「タリオーニ版復刻ラコット版」は、初演から実に140年後の1972年6月9日に初めて上演されるに至りました。

以降オペラ座や日本の東京バレエ団などが現在もラコット版を上演しています。

 

ロマンティック・バレエを脈々と継承するブルノンヴィル版、ロマンティック・バレエ最初の全幕作品を可能なかぎりの時代考証で再現したラコット版が、ラ・シルフィードの燦然と輝く2つのバージョンとして、今も世界で愛されているのです。

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 (2) 革新性 - revolution

ラ・シルフィード初演時の主役シルフィード役は、オペラ座のダンサー、マリー・タリオーニが務めました。振付家フィリッポ・タリオーニは父にあたり、彼は娘のためにラ・シルフィードを創作したのでした。タリオーニ父娘は、今に続くトゥ・シューズを活かすバレエを生み出した点で、バレエ史上欠かせない父娘です。

 

シルフィード=空気の妖精を体現するため、トゥシューズを使ってつま先で初めて立ち、ポワントの技法を駆使してみせたのはタリオーニのシルフィードが最初と言われています。

これを可能にするため、父は娘に毎日6時間の厳しいレッスンを課したのだとか‥

 
もともとバレエは宮廷舞踊の類いで女性は衣装を着ると足が見えず、上体や腕を中心に振り付けられていました。ラ・シルフィード以前から、衣装を短くして足の動きにフォーカスする作品は少しずつ出始めていましたが、異界の妖精を題材にふわりとした生地の衣装で、トゥ・シューズを使って重力に逆らって踊る姿は、観客には大胆かつスキャンダラスに映ったようです。

足が艶かしく見えるようになったことが、その後の高級娼婦化そしてフランスバレエの衰退につながっていったというのが何とも皮肉に感じます…

あらすじ - Story

ラ・シルフィードは、当時フランスで流行していた思想「ロマン主義」に影響を受けたと言われています。

ロマン主義は、新古典主義の対立軸として起こった精神運動です。新古典主義は、革命により共和制へ振れるたびに回顧される共和政ローマ古代ギリシャを模範とし、新たな芸術様式を探る思想です。これに対し、「古典だけが芸術じゃない!」と狼煙を挙げたのがロマン主義といえます。

 

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簡単に言えば、新古典主義をひっくり返したものがロマン主義です。情熱や感受性など個人の内面世界にフォーカスし、幻想的・非現実的なものを強調するのが特徴です。また、ナポレオンの海外遠征等を通じて、人々の時間的・空間的感覚が広がったことから、異国趣味もロマン主義の特徴の1つとして挙げられます。

 

そんなロマン主義をバレエ界で体現したラ・シルフィード、1幕は異国情緒あふれるスコットランドの人々の暮らし、2幕は空気の精の精霊の世界という場面設定からして、ロマン主義に忠実です。

(地上界と天上界という対立軸は、ジゼルにも引き継がれていきます。)

 

詳細なあらすじは、こちらをご参照ください。冒頭のざっくりしたあらすじのあとに、重要シーンごとの詳細なあらすじが続いていて、全幕を観るときにかなり参考になります。

あらすじをかいつまんで言えば、「1人の妖精に魅せられた若者が、恋に溺れた結果妖精も婚約者も失って絶望する」という安っぽいストーリーなのですが、1幕と2幕の非現実感やコントラストは、明日の保証もない不安な当時の現実を、一瞬でも忘れさせてくれる夢の世界だったのではないでしょうか。

最後に、ブルノンヴィル版とラコット版の全幕映像のご紹介です。

I linked videos of Lacotte version and Bournonville version as follows. 

 

タリオーニ版復刻ラコット版 - Lacotte version

ラコット版は、非常にバレエの要素が強く、1幕2幕通じて踊りを見せている時間が長いのが特徴です。心理描写も、マイムで説明されるというよりは、踊りで表現されている部分が多く、1幕後半のシルフィード・ジェームズ・エフィの「パ・ド・オンブル」(影の踊り)は圧巻です。

 

また、男性のサポートによるリフトを多様することで、妖精のイメージがリアルに表現されていて、まるでシルフィードが宙に浮いているように見えるシーンが多々あります。まさに幻想的な世界です。

 

全体的に、ロマンティック・バレエらしい前傾姿勢のアラベスクやアチチュードが多く、シルフィードが、はつらつとしたかわいらしい妖精というよりは、しっとりとした女性らしさを感じる妖精として表現されている点が印象的です。

 

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ラコット版は、直近のパリ・オペラ座の舞台が映像化されています。

引退直前の堂々たるオーレリの素晴らしい表現力・技術と、順調にスター街道を歩んできたマチューの美しいバレエにしびれます。

メラニーのエフィとジャン・マリー・ディディエールのマッジも素晴らしく、全体としての出来がかなり高いです。

さらに、2幕のコールド24人の美しいこと。主役が踊る間もポーズや陣形がどんどん変わるので観ていて飽きません。必見!

This is my recommended one! Not only Aurélie Dupont and Mathieu Ganio but even corps de ballet are perfect. A character of Lacotte version is dance is used as expressions of mind, that is, it less uses mimes compared to Bournonville version. Especially, pas de trois of Sylphide, James and Effie is the most impressive. 
 

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余談ですが、2幕のジェームズの第1ヴァリエーションといえば、稀代の名ダンサー、マニュエル・ルグリの映像が忘れられません。

こちらの映像はかなり荒いのですが、リズム感・音感と正確さでルグリの右に出る人はいないかなと。マチューももちろん良いのですが、背が高いのでこのリズム感は出せないのです。

In addition, I love Manuel Legris’s act 2 variation, bad image quality though… 
 

- ブルノンヴィル版 - Bournonville version

対するブルノンヴィル版は、非常に演劇的で、踊っている時間と同じくらい演技の時間があります。(これだけ違うのに訴えられるとは、ブルノンヴィルとしてはさぞ不服だったでしょう…)ことあるごとに、会話や心理状態をマイムを使って説明するので、マイムさえわかればストーリーは理解しやすいと思います。

 

また、バレエの特徴としては、ジェームズがシルフィード接触しないことで、人間には触れられない異界の存在であることが表現されているように見える点です。ラコット版でリフトが多様されていることとの大きな違いです。

ただ、この点は、妖精を表現する意図があったというよりは、ブルノンヴィルがラコット版を観た際に、男性が女性をのサポート役に徹してしまっていることに違和感を感じ、自身の振付では意図的に変えたようです。

 

また、ブルノンヴィル・スタイルの特徴である軽快な脚さばきがあるからか、全体的にラコット版に比べて明るく感じられます。2幕のコールドの動きは、ラコット版に比べるとかなり直線的で、ジゼルやその後のプティパのバレエの原型と感じられるのも特徴です。 

 

 

こちらは、本家デンマーク・ロイヤル・バレエのもので映像は古めです。

なんといっても、ブルノンヴィル・スタイルの本家ですから、無駄な装飾を排除し、自然な手足の動きとこれになびく上体の動きでバレエを見せることが、全ダンサーに行き渡っています。正統なブルノンヴィル・スタイルが観たければ、こちらが断然オススメ。

I found a video of Bournonville version performed by Royal Danish Ballet. A contrast between Lacotte version and Bournonville version is Bournonville version emphasizes drama rather than dance. It uses many mimes, so easy to understand the story compared to Lacotte version.

 
実は、もう1つ、ボリショイ・バレエの最近の全幕映像があり、大変レベルが高くお気に入りだったのですが、削除されてしまいました‥涙
ボリショイが現在上演するのは、ブルノンヴィル版をベースに、かつてのデンマーク・ロイヤルのプリンシパルであるヨハン・コボーが再振付しているバージョンです。

美術がピーター・ファーマーで、独特のくすんだ色の美しい舞台を楽しめます。ボリショイらしい大振りな手の動きといい、美しい脚を高らかに上げるところといい、これってブルノンヴィル・スタイルかなぁとは思うのですが、Theバレエのロシアスタイルと美しい情景を楽しむのであれば、ボリショイのラ・シルフィードはオススメです。