BALLET & DANCE = My LIFE

バレエのこと。ダンスのこと。

002 ジゼル

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ジゼルは、高い芸術性と感情を揺さぶられる演劇性から、チャイコフスキー三大バレエと同じ位人気のある作品として、世界中のバレエ団が上演しています。主役のジゼルとアルブレヒトには、ダンサーとしての総合的な実力が求められるため、とても難しく、だからこそやりがいのある作品です。

GIselle is a well-known piece all over the world, so this stunning ballet is performed by tans of professional companies every year. When performing Giselle, companies have to prepare about 5 main dancers who have not only good physical skills but artistic skills. Also, in act 2, they have to show pure high-level classical ballet by corps de ballet. That's why, when we see this master piece, we could evaluate companies' capabilities.

 

また、ヒラリオンやミルタといった準主役級の役柄がストーリーにおいて重要な役割を持ち(この人たちのバレエ・演技がいまいちだと興ざめです)、ごまかしの利かない2幕のコールドバレエを踊りこなすダンサーをも擁している必要があることを考えると、バレエ団の真価が問われる作品ともいえます。それゆえ、ジゼルを上演できるのはプロフェッショナルなバレエ団に限られ、日本での「お友だちのバレエの発表会」みたいな場では観ることが少ないのも特徴かもしれません。

 

ジゼルの楽しみ方は、映画を観るように役柄に入り込んでいただくことに尽きると思っていますので、鑑賞のお手伝いになることを目指して書いていきます。

 

 

みどころについては、ジゼルは踊りの見せ場以外にも重要なシーンが沢山あるので筆が止まらず、結構な量になってしまいました。絞るとすれば、「狂乱の場面」と「2幕のパ・ド・ドゥ」でしょうか。いずれもおすすめのYouTubeのリンクがありますので、ぜひ覗いてみてください。 

歴史 - History

まずは、この作品が生まれた歴史のご紹介です。ジゼルは、ラ・シルフィードが初演(1832年)されてからほどなく、1841年にフランスのオペラ座で初演された全2幕の作品です。作曲はアドルフ・アダン、振付はジャン・コラーリとジュール・ペローが行い、ペローの妻であるカルロッタ・グリジが主役のジゼルを演じました。ちなみに、初演のアルブレヒトを演じたのは、バレエ振付けの巨匠マリウス・プティパ(いずれ詳細をブログでお伝えすることになります。)の兄であるリュシアン・プティパだったそうです。

 

ジゼル誕生の面白いエピソードといえば、グリジの熱烈なファンだったロマン派詩人のゴーティエが、グリジを主役デビューさせるためにこのバレエの原作を書き下ろしたこと。結局、ゴーティエの恋は届かなかったようですが(ゴーティエはグリジの妹と結婚したそうです。妹はどんな気持ちだったんでしょうか…)、ゴーティエの恋心があってこのバレエが生まれたと思うと、何ともロマンティックです。

 

ジゼルもラ・シルフィードと同様初演から大成功を収めましたが、その後ロマン主義の衰退とバレエの低俗化により、次第にフランスでは上演されなくなっていきます。

1831年から私企業(それまでは王立でした。)になったオペラ座は、年間鑑賞券(アボネ)の購入特典として、パトロンがダンサーのウォーミングアップエリアであるフォワイエ・ド・ラ・ダンス(Foyer de la danse)に入る(「エトワール」などドガの絵画の舞台になっています。)権利を与えたそうです。その結果、次第に劇場はダンサーとパトロンの出会いの場と化してしまったのでした。 

フランスバレエの衰退に伴い、ジゼルを現代にまで受け継いできたのはロシアです。初演の翌年1842年には、早くもサンクト・ペテルスブルクで上演されました。

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さて、この当時のロシアは、西欧諸国をお手本に皇帝主導で近代化に向けてひた走る時代でした。もともと農業大国で商業化しにくい土壌を持っていたうえ、農奴制により各地の貴族たちがそれなりに力を持っていたので、中央集権化が進まず、運河の開削や機械化も西欧諸国に比べて遅れていたそうです。

 

が、モスクワ公国がそれなりに大きな領土になり、ピョートル1世(在位1682年~1725年)がツァーリとなってロシア帝国となった時期から、大帝自身がヨーロッパ各国の視察を行い、積極的に西欧化政策を推進するようになりました。ロシアが西欧諸国に互していくためには、バルト海に進出する必要があると考え、新都・サンクト・ペテルスブルクを建設したのもピョートル1世です。

多くの西欧の技術者を招聘して産業の近代化に力を入れたと同時に、文化については積極的にフランス文化を輸入したそうです。

その結果、1738年には、ロシア初のバレエ学校となる、現在のワガノワ・バレエ・アカデミーがサンクト・ペテルスブルクに設立され、フランスからは多くのバレエ教師や振付師が招かれるようになりました。

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ジゼルの歴史に戻ると、振付を担当したペローもまた、1848年から10年間、メートル・ド・バレエとしてマリインスキー・バレエに招かれ、この作品に磨きをかけました。(ジゼルが狂乱する場面がより明確になり、また第2幕の主役2人によるパ・ド・ドゥ部分も変更されたとのこと。)

その後、マリウス・プティパ1884年から数回にわたって大規模な改訂を行い、第1幕のジゼルのヴァリエーションを追加したほか、2幕のウィリたちの踊りを大幅に変更しています。

プティパの死後は、基本的にはプティパの振付をベースに、各演出家がマイナーチェンジのみ行って上演していることが多く、今私たちが観ているジゼルは、概ね「フランス生まれロシア育ち」のジゼルと言えます。(ただし、近年の特筆すべきバージョンとして、現代に時代を置き直し精神病院を舞台としたマッツ・エック版があります)

 

なお、日本はというと、1854年日米和親条約により下田と函館を開港して200年以上の鎖国を断ち切るという、新しい時代へと大きく舵を切った時期でした。

米国は、巨大な中国市場との取引を目指すために大西洋ルートに代えて(大西洋を渡り欧州と同じ航路で中国を目指すと、大西洋を渡る分のコストとリスクの分だけ米国は欧州に負けてしまうのです。)太平洋ルートを切り開くにあたり、日本に石炭の補給基地の役割を求めていたと言われます。産業化により国が豊かになって文化が花開いた欧州に対し、この後かつての大国中国は列強による分割支配が進んで凋落していきます。まさに有史以来の歴史の大きな転換期に、バレエも国を変え、発展を遂げていったのです。

 

あらすじ -Story

詳細なあらすじは、こちらのページをご参照ください。冒頭のざっくりしたあらすじのあとに、重要シーンごとの詳細なあらすじが続いていて、全幕を観るときにかなり参考になります。

一言で言えば、純愛ラブストーリーなのですが、この物語が長く人々の心を惹きつけて離さない理由は、(1) コントラストの多様性と(2) 表現の多様性 ではないかと思っています。

 (1) コントラストの多様性

ジゼルでは、多様なコントラストを用いることで、バレエとしての奥行きや心を揺さぶるシーンがより鮮烈に描かれます。

 まず、1幕現世・2幕ウィリ界(死霊界)という設定のコントラスト。2幕の幻想的な美しさや血が通っていないような透明感・恐怖感は、1幕を経てこそより強く感じられるように思います。そして、現世の人間としてのジゼルとウィリとしてのジゼルを1人で演じ分ける主役ダンサーには、1役を全幕踊りこなすことの何倍もの感動を呼び起こし、惜しみない拍手が送られます。

 

また、1幕の現世の中では、収穫祭の楽しいひとときやジゼル・アルブレヒトの観ている方が恥ずかしくなるほどの甘い時間から、ジゼルの死で迎える1幕幕切れというコントラストがあります。1幕前半の2人の時間が甘ければ甘いほど、ジゼルの狂乱の場面は切なく目を背けたくなりますが、それがこの作品の見どころで、ジゼルとアルブレヒトの腕の見せどころでもあります。

 

さらには、コントラストで彩られる作品の中で唯一変わらないのがジゼルのアルブレヒトに対する気持ち。1幕の恋から2幕の愛へと見事に昇華する彼女のひたむきな思いは、コントラストに彩られる物語の中で際立ち、さらなる感動を生むように思います。 

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 (2) 表現の多様性

ジゼルは、様々な表現方法を使って心情の変化が表されていて、観る度に新鮮な発見があるバレエです。

まず、わかりやすいところでは演技。ジゼルの感情表現は、まるで日常をのぞき見ているようなリアルな仕草で行われています。アルブレヒトのことが好きすぎて顔も合わせられないジゼルの恥じらいや、発狂寸前でバチルドとアルブレヒトの間に割って入るジゼルの鼓動や声は、今にも聞こえてきそうな臨場感があります。

特に、映像だと顔に思いきりフォーカスしますから、演技によってストーリーを理解しやすく、物語に入り込みやすいのではないかと思います。

 

一方、生の舞台の場合、いくらリアルな仕草をしてみても、バレエの性質上声が使えないので十分に演技の意味合いが伝わらなかったり、客席が遠い舞台では微妙な表情の変化も見えないこともしばしば。

そのため、ときにこのバレエの制約がフラストレーションになってしまうこともあります。「いっそバレエでなく演劇やドラマとして観た方がドラマティックなのでは。バレエだと十分に理解できない。」などと感じてしまったり。

しかし、バレエには声がない分、演技だけでなく踊りの動きで感情を表現していたり、音楽の力を借りて思いを伝えていたりします。何を使ってどう表現するかは、伝える側次第であり、受け取る側次第でもあります。

 

ぜひ、その時の素直な感覚に身を委ねて、リラックスして演技・動き・音楽全体から感じ取ってみてください。声がある舞台より時に雄弁に、そして自由な解釈でジゼルを楽しめると思います。

 

バレエのみどころといえば、主役男女のパ・ド・ドゥですが、演劇性の強いジゼルは踊りではないシーンもみどころなのが特徴。絞ることができないので、冒頭から順におすすめ映像とともにお伝えします。 

 

全幕映像としては、ザハロワとポルーニンが主役を務めるボリショイ・バレエのものがお気に入りだったのですが、削除されてしまいました‥主役からコール・ドまで全体のレベルが高いだけでなくオーケストラも素晴らしく、音楽もまた雄弁にストーリーや心情を語ってくれる素晴らしい映像でした‥

I’ll show the time of impressive scenes as follows. My recommended of full-length is danced by Bolshoi Ballet (leading roles are Svetlana Zakharova and Sergei Polunin). Yet it is eliminated from YouTube. When you find it, you should watch it!

 

ジゼルとアルブレヒトの甘いひととき - Sweet moment of lovers

初恋を思い出すような、くすぐったい気持ちになる幸せな恋人同士の日常です。今にも声が聞こえてきそうなリアルなやりとりで、わかりやすい表現だと思います。
 

なかなか抜粋の良い映像がないのですが、今あるものだと、ヴィシニョーワ&ポルーニンのものが自然な演技でオススメです。

以前はヴィシニョーワ&マラーホフの恋する乙女が2人いるようなラブラブの映像があったのですが、こちらも削除されてしまいました‥

ヴィシニョーワは多くのダンサーとジゼルを踊っていますが、相手の男性の表現によって自らの演技も絶妙に変化させる女優のようなダンサーです。それだけ演技に意識を集中させることができるのは、彼女の強靭なテクニックと正確な基礎力があるからこそ。

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(11:00 - 14:30くらいがみどころです。)少し場面はずれますが、「バレエで心を表現する」ことに長けているダンサーとして、ナタリア・マカロワを挙げておきたいと思います。柔らかい音楽のトーンに合わせてジゼルの幸福感や穏やかな気持ちを表現し、音楽で盛り上がるところでは勢いを持った動きでアルブレヒトへの一途な燃え上がる思いを表現しているように見え、ロシアバレエの伝統と奥深さを感じさせます。

 

1幕のジゼルのヴァリエーション - Giselle's act 1 variation

コンクールで抜粋して踊られることも多い有名なヴァリエーションで、テクニックとともにバレエの中で見せる演技力が求められます。かつ双方がかなり高いレベルでバランスを取れていないと何となく物足りなさを感じてしまうので、最も難しいヴァリエーションの1つと感じます。

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いろんな人で観てみましたが、コジョカルのバランスが一番しっくり来ました。小さくて可愛らしくて素朴で愛に溢れた人間性を感じさせるコジョカルのジゼルは、私がイメージするジゼルそのものだからだと思います。「ここでダブル回らなきゃ」といった力みがあると、自然な演技が途切れて興ざめなのですが、コジョカルは確たる技術をもってうまく踊りこなしていると思います。

The variation by Alina Cojocaru. She is so Giselle.  

こちらの映像は、合計7人のジゼルのヴァリエーションが順に観られる優れものです。みなさんのお好みのジゼルはどのダンサーでしょうか?

冒頭がギエムですが、ジゼルはというよりスワニルダに見えます(たぶん私だけ)。そもそも大きいダンサーが1幕のジゼルの儚さを出すのはなかなか難しいのですが、身長高めのロパートキナに比べても、ギエムは自律心や強さが目立ちます。

This video is interesting as it shows 7 Giselle variations by different dancers. Which one is the best for you? 

 

狂乱の場面 - Mad scene

ジゼルの一番の見どころです。映像の難点は、ジゼルにフォーカスが当たる結果、アルブレヒトやヒラリオンの動向が観られないことです。ここは、各役者それぞれの見せ場でもあるので、ぜひ劇場でそれぞれに目を向けながら観ていただきたいと思います。

 狂乱の場面をドラマチックに演じているのは、ジゼル・バレリーナとして名高いアレッサンドラ・フェリ(45:00-)。バチルドとアルブレヒトの間に割り込むところなど、悲痛な叫びが聞こえてきそうな臨場感で涙なしには観られません。ちなみに、フェリとルグリが演じるジゼルとアルブレヒトは、まるで子供と大人の恋愛のように感じます。無垢なフェリのジゼルと、大人で一歩引いたルグリのアルブレヒトを観ていると、フェリの純粋さが際立ちます。この狂乱の場面も、ルグリは冷静にフェリのことを見つめている印象です。

Mad scene by Alessandra Ferri. Her Giselle is dramatic and I can’t watch her Giselle without weeping. Yet, Manuel Legris performs kind of cool guy. The contrast of them is very interesting (45:00-.) 

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ルグリと対象的なのは、冒頭のラブラブシーンでもご紹介したマラーホフマラーホフは狂乱の場面中たびたび慟哭していて(ここまで感情を露わにする人は珍しいです。)、思わずカメラがヴィシニョーワでなくマラーホフを追うほど。

Mad scene by Diana Vishneva and Vladimir Malakhov.  Malakhov is totally different from Manuel Legris!

 

ウィリたちのバレエ・ブラン - Ballet Blanc of Wilis

2幕は、「白いバレエ」の真骨頂。2幕のコール・ドは最初から最後まで美しいのですが、必ず拍手が起きる場面があります。(拍手は必ずしなければならないものではありません。感動したら惜しみない拍手を。)
息の揃った美しさとともに、生への心残りが凝縮されそして増幅されるような恐怖を感じさせ、思わず身震いしてしまうシーンです。
Act 2 is called Ballet Blanc which means White Ballet. Corps de ballet are beautiful, but sometimes feel horrifying from Wilis. 
 

ウィリとしてのジゼルの誕生 - Giselle changed into a Willi

難しい動きの連続なので、重力を感じさせずにこなしているダンサーのテクニックにまず感動し、儚げな1幕から一転して裏切りにより成仏できない魂がアルブレヒトへの無念の思いで爆発するこの動きに目を奪われます。

Giselle dances extremely as soon as she appears on the stage in act 2.

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このシーンの抜粋だと、オシポワのジゼルが素晴らしいと思います。 おそらく舞台だと浮いているように見えるのではないでしょうか。オシポワは強さと自己主張のあるダンサーなので、このシーンでのジゼルの強い念と良くマッチしていると思います。
 

2幕のパ・ド・ドゥ - Act 2 Pas du duex

有名なこのパ・ド・ドゥは、形式的な見せ場という以上に、ジゼルとアルブレヒトの魂の深い部分での交流を感じられるシーンです。ミルタから指示され、アルブレヒトを助けたい一心でゆっくりと動くジゼル。それでも魅惑的なジゼルの動きに十字架から離れざるをえないアルブレヒト。そして、ウィリたちから引き離されてもまた近づいてしまう2人の心…。1幕とは明らかに異なる、2人の魂の結びつきを強く感じさせる、大変ドラマティックなパ・ド・ドゥです。 

ウィリとは思えないような熱いハートを感じるコジョカルの踊り方がとても良いです。全幕で観たいのですが、抜粋の映像しかなく残念。

 

はぁぁ‥とっっても長くなってしまいました。それだけこの作品の魅力は尽きないということの表れでもあります。ぜひ軽くあらすじをおさらいした上で、舞台で感動を味わっていただけたらこれほど嬉しいことはありません。