BALLET & DANCE = My LIFE

バレエのこと。ダンスのこと。

005 海賊

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「海賊」のパ・ド・ドゥといえば、ガラ・コンサート(大勢のスターダンサーが競演し、各作品の見せ場を次々と見せる形式の舞台のこと)の定番。華やかな音楽に乗せて繰り広げられる超絶技巧は、いつの時代も観客を熱狂させてきました。

 

全幕上演されることはそれほど多くないこのバレエの発祥地はフランス。しかし、ガラで上演されるパ・ド・ドゥを含め、海賊といってイメージする場面のほとんどは、フランスの後にバレエの中心地となったロシアで振り付けられたものです。

そこで、今回は、ロシアバレエの起源・歴史と「海賊」のオススメ映像をシェアしていきたいと思います。

 

 

歴史 - History

「海賊」の原型は、1856年にパリ・オペラ座で初めて上演されました。音楽はジゼルと同じアドフル・アダンでした。フランス初演当時はマイム(ストーリーを伝える身振り手振り)が中心で、エピローグの船の難破のシーンが見せ場だったようですから、バレエというより演劇に近いイメージだったかもしれません。

また、この作品は、原作がイギリスの詩人バイロンによる同名の長編物語詩(1814年出版)という点が、大きな話題になっていたようです。バイロンの「海賊」は、発売初日で1万部を売り上げたという当時の大ベストセラーでした。

 

「海賊」は、初演の2年後にはロシアに渡り、現在のマリインスキー劇場で1858年に上演されました。このロシアの初演時には、男性の主役であるコンラッドを、バレエ振付の巨匠マリウス・プティパが演じたそうです。彼は、ロシア初演時から振付のアシスタントをしたほか、この後、1863年から1899年にかけて、複数回に渡り改訂を行いました。有名なパ・ド・ドゥ、オダリスクのパ・ド・トロワを追加したほか、花園のシーンを完成させるなど、今日の海賊には欠かすことのできない重要な踊りの数々を挿入・改訂したのは、プティパでした。

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さて、ジゼルの記事でも少し触れましたが、ロシアは、ピョートル1世(在位1682年~1725年)がツァーリになった時期から、大帝自身がヨーロッパ各国の視察を行い、積極的に西欧化政策を推進するようになりました。文化の西欧化政策という点では、フランスを模範とし、フランスからは多くのバレエ教師や振付師が招かれるようになりました。(ロシアで「海賊」が初演された時に振付を担当したジュール・ペローもフランス人です。そして、ペローはジゼルの振付家でもあります。)

 

ピョートル1世在位の後、文化保護に積極的だったエカチェリーナ2世(在位1762年~1796年)の時代には、モスクワでボリショイ劇場の起源となる劇場が建設されました(1776年)。また、1783年には、エカチェリーナ2世の勅令により、オペラとバレエの専用劇場としてサンクトペテルスブルクに帝室劇場が設立され、これが現在のマリインスキー劇場の起源となりました。

マリインスキー劇場は宮廷を起源とし、王族・皇族の庇護のもと貴族階級を対象にした劇場です。(ただし、フランスではルイ14世を筆頭に貴族自身が踊り手になったのに対し、ロシアでは初めから職業舞踊手がバレエを踊っていたそうです。)

他方、ボリショイ劇場は、地元の名士であった公爵が開設し、裕福な商人階級向けに発展を遂げてきたそうで、貴族・市民の双方が文化を後押ししていることにロシアの国力の蓄積を感じます。

 

こうして、今に続くロシアの二大バレエの原型が整い19世紀を迎えると、ロシアの文学と音楽が一気に高揚し、文学ではプーシキン、トゥルゲーネフ、ドストエフスキートルストイチェーホフが活躍し、音楽ではムソログスキー、チャイコフスキーボロディンらが登場します。世界史的に見ても稀有なこの文化の爆発的開花に沿うように、ロシアバレエもまた黄金期を迎えたのでした。

 

バージョンと全幕映像 -Full-length videos

グーゼフ版 - Pyotr Gusev’s version

「海賊」は、10年以上に渡るマリウス・プティパの挿入と改訂により、ほぼ現在上演される形になったと言われています。

 

現在、マリインスキー劇場では、1955年にピョートル・グーゼフが振り付けたバージョンをベースにしたものを上演しています。グーゼフは、フランス初演時のアダンのオリジナルスコアをほとんど使わず、アダン・ドリーブ・ドリゴ・プーニ・オルデンブルグと実に5人もの作曲家の音楽を切り貼りしています。また、グーゼフ版は、初めてアリを登場させた点で、その功績は偉大です。

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 ちなみに、あらすじはいつものこちらをご参照ください。(バイロンの原作の解説もありかなり長いので、適宜かいつまんで読むのが良さそうです!)

ラトマンスキー版(プティパ復刻版) - The Bolshoi Ballet's revival

残念ながらマリインスキー・バレエの映像は見つけることができなかったので、ボリショイ・バレエに目を向けてみると、2007年に、当時の芸術監督だったアレクセイ・ラトマンスキーが、プティパの第一回改訂版である1863年のバージョンを復刻しています。

完全復刻というよりは、プティパ版のテイストを大事にしつつ、現在の身体能力に合わせて振り付け、今のスタイルにフィットする衣装などを制作したそうですが、衣装などは古い雰囲気が残っていて、今観ると逆に斬新です。

 

特徴は、グーゼフ版よりも前のバージョンですから、アリが登場せず、花園の場面の後にもう1幕追加されて長丁場の作品になっている点です(たぶん3時間くらい)。マイムよりもバレエに力点が置かれるようになっているため、女性の主役メドーラにはかなりの体力が要求されます。一方、男性はやや影が薄めです。

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 こちらの映像は、1時間で見せ場だけがまとまっているのでオススメです。主役のザハロワの美しいこと。これぞ正統なロシアバレエの継承者と思わせるスタイルとバレエで、パーフェクトです。

ちなみに、このプティパ版復刻版を制作するにあたっては、500着近い衣装が新調され、1.5Mドル(1ドル100円として1億5000万)の制作費がかかったそうです。当然記録が残る中ではトップの制作費だそう。

ルゲイエフ版 - Sergeyev's version

もう1つ主要なバージョンとして、コンスタンチン・セルゲイエフ版があり、これを現在上演しているのがアメリカン・バレエ・シアター(ABT)です。ルゲイエフ版は、元はといえばグーゼフ版の後継として現在のマリインスキー・バレエのために振り付けられたものです。しかし、ときはソ連時代。セルゲイエフが芸術監督を務めていた時代にマカロワやヌレエフといった超人気ダンサーたちが亡命したことに伴い、セルゲイエフは芸術監督を辞任させられました。そして、セルゲイエフ版はロシアではお蔵入りになってしまったのです。

しかし、多くのロシアダンサーの亡命後に活躍したアメリカにおいてセルゲイエフ版が復活し、改訂を経ながら今もなお人気作品として上演されています。

ルゲイエフ版をベースにしたABTのバージョンは、出演者などへのインタビューを含めても1時間50分とスピーディーな展開です。セルゲイエフ版に改訂を加えた、現在もABTの芸術監督を務めるケヴィン・マッケンジーは、物語をわかりやすく飽きさせずに進める展開が得意ですが、この海賊にもその良さがよく表れています。

バレエをあまり観たことがない方にもオススメで、エンターテインメントとして楽しめます。また、主要キャストは、ABTの黄金期を支えた世界から集まるダンサーたちで、いずれも役にぴったりとはまっているのです。私が学生の頃に一世を風靡したビデオ(ビデオというのが時代を感じさせる笑)でした。

 

パ・ド・ドゥの映像 - Videos of pas de deux

「海賊」といえばパ・ド・ドゥ(主役の男女2人で踊られる見せ場)ということで、たくさんの映像を探すことができましたが、中でも指折りの2つをご紹介します。

マリアネラ・ヌニュスのメドーラ - Marianela Nunez as Medora

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こちらは、ロイヤル・バレエ不動の人気プリンシパル、マリアネラ・ヌニェスがメドーラを踊っています。この映像の見どころは、始めのアダージオ(2人で踊る場面)です。ややテンポが遅すぎて海賊らしい小気味よさがないようにも感じますが、マリアネラらしい伸びやかな上体使いが美しいです。

ダニール・シムキンのアリ - Daniil Simkin as Ali

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続いて、ロシアのダンサーでABTで爆発的人気を得たダニール・シムキンのアリを。この映像の見どころは、なんといっても男性のヴァリエーション(男性1人の踊り)です。これぞ海賊の醍醐味、というダイナミックな男性のバレエが楽しめます。ジャンプ・回転技ともに神業的な動きの連続です。美しい男性ダンサーを観たい方はぜひ!

 

ちなみに、この2つの映像は、いずれも東京または大阪で上演されたガラ・コンサートの録画だと思います。日本は、毎年世界一流ダンサーが代わる代わる来ていますから、お気に入りのダンサーを見つけたら、ぜひ日本公演をチェックしてみてください。