せっかく期間限定でアメリカにいるので(2017年10月~2019年7月末の予定です)、日本のバレエとアメリカのバレエの違いを具体的に考えてみたいと思っていたところ、アメリカの寄附制度について調べる機会に恵まれました。
日本のバレエとアメリカのバレエの違いを挙げたらキリがないけれど、「寄附金額」は運営面における最も大きな違いの1つといえるでしょう。例えば、アメリカの主要バレエ団の1つAmerican Ballet Theaterの寄附総額(2017年度)は約25億!(1ドル=100円計算。以下同じ)Annual Reportには、最低金額12万円以上の年間寄附者の氏名(法人含む)が約1000もずらりと並びます。
同バレエ団の2017年度の総売上は約56億なので、寄附金の占める割合はおよそ5割。チケット収入よりも寄附金収入の方が多いのです。では、果たしてどのような仕組みのもとでこの寄附が成り立っているのか、日本でも寄附金を増やすためにアメリカの制度を参考にできるのか、など思うところを書いてみました。
アメリカのバレエ団を法的に整理すると?
*以下は、インターネットで検索できる資料をベースに記載したものなので、最新の内容ではない可能性があります。間違いに気づいたら訂正します。
アメリカでは、American Ballet Theater、New York City Balletをはじめとして、バレエ団は、内国歳入法501条c項3号に分類される「パブリック・チャリティ」という免税・非課税団体として活動していることが多いです。
図に示すと以下のとおりで、非営利法人の中でも特にこの501条c項3号団体と認定されると、税制優遇を受けられたり、寄附者にとっての寄附金控除対象となるなど、税制上最大限の優遇を受けられる余地が出てきます。
「余地が出てくる」と書いたのは、501条c項3号はさらに3類型に分かれ、いずれと認定されるかによって受けられる税制優遇等にグラデーションが出てくるからです。
冒頭に書いたとおり、バレエ団は最大限の税制優遇が受けられる「パブリック・チャリティ」に当てはまりうるので、バレエ団を抱える法人のみなさんは、パブリック・チャリティに認定してもらえるよう、また認定を継続してもらえるよう、形式・実態を整えています。
日本の寄附金優遇措置との違い
アメリカの寄附金等の優遇措置をまとめると上記のとおりで、中でもパブリック・チャリティへの個人寄附の場合、課税所得の50%までを所得控除の対象とできる点が目を引きます。この点から明らかなとおり、アメリカの寄附金優遇措置は「法人よりも個人がに手厚い」と評されます。
関連して、ボランティア活動に伴って支出した旅費、交通費なども控除の対象となっていて、個人の慈善活動に対して厚い優遇措置を設けています。これにより、バレエ団は、寄附というお金の支援だけでなく、無償のスタッフの労働力の支援によっても支えられているのです。
これに対し、日本の寄附金優遇措置は、「個人よりも法人に手厚い」と評されます。個人による寄附については、そもそも日本のバレエ団の多くが採用する一般社団法人は控除の対象団体にすらなりません。公益性の審査を受けて公益社団(財団)法人になった場合には控除対象団体になるものの、所得金額の40%までしか控除の対象になりません。(税額控除または所得控除を選択できます)
一方、法人による寄附の場合は、アメリカでは課税所得の10%まで損金算入が認められていないのに対し、日本はもう少し柔軟で、以下のいずれかの金額を損金算入することができます。
a) 寄附金の合計額
b) 特別損金算入限度額
(資本金等の額 × 当期の月数/12 × 3.75/1,000 + 所得の金額 × 6.25/100) × 1/2
寄附金優遇措置の充実=寄附人口の拡大?
以上からすると、「個人の寄附」に対しての優遇措置が十分ではないことが日本の個人寄附人口が増えない原因のようにも思えますが、アメリカに暮らしてみると、制度の違い以上に歴然として存在する「文化の違い」が寄附金額の多寡に大きな影響を与えているように感じます。
(1)寄附の精神
一般的に、アメリカの寄附金額が多額に上る理由に、キリスト教に基づく寄附の精神の浸透が挙げられます。(実際、寄附金全体のうち35%程度が宗教団体に対する寄附のようです)
また、寄附金控除を受けるには「実額控除」という控除方法で申告する必要があるのですが、実額控除の利用者は全体のわずか3割程度しかおらず、多くの国民が寄附金控除目的ではなく「寄附の精神」のもと寄附を行っていることが窺えます。
この「寄附の精神」は、アメリカに暮らし始めて驚いたことの1つです。ホームレスに対して紙幣やドギーバッグ(レストランでの食べ残しの持ち帰り)をいとも簡単に渡すこと、個人から洋服などの寄附を受け低価格で販売する「Goodwill」のビジネスが地域に根付いていること(これがメルカリがアメリカでうまくいかない理由の1つと述べる記事もありました)など、「寄附の精神」の実行が日常生活の中で自然となされていることを日々感じます。
今でこそ慣れてきましたが、日本人からするとなかなか理解し難く、国民性に深く刻み込まれた文化の違いを感じます。
(2)お金アピール&仕組み作り上手
アメリカにいると、何でも「お金、お金、お金」で嫌になるのですが、捉え方を変えると、お金を要求することに特別マイナス感情を抱かない国民性とも言えます。日本人は、お金を要求することを「卑しい」と感じる傾向にあり、お金で解決することを「非情」と捉えてしまう価値観もありますが、アメリカでは「合理的」と評価しているのだと思います。
その結果、ホームレスだって日本よりずっとアクティブにお金を求めているし、バレエ団だってファンドレイジングイベントをこれでもかというほど開催するのです。
さらには、中間支援団体が企業を回って従業員に非営利団体を紹介し、従業員が選択する非営利法人に給与天引きで自動で寄附できるように中継ぎをしているのだそうです。うまく(あるいは無理やり)お金を出させる仕組み作りに長けているのも、アメリカの特徴だと思っています。
優先順位は何か?
寄附金はバレエ団経営にとって重要な資金源の1つなので、きっと日本に住んでいてもいずれはアメリカとの制度比較をしたことでしょう。そして、日本に住み続けていたら、制度の違いを形式的に捉えて「個人の寄附金優遇措置を拡充してもらえるよう、しかるべきところに働きかけよう!」と考えていただろうと思います。
しかし、上記に書いた根本的な文化の違いをひしひしと感じるいまは、立法などにより優遇措置が拡充されたとしても、個人の寄附者が大幅に増えることは期待できないと考え、もっと効果的で優先順位の高い課題から取り組もうと考えます。
バレエ団の環境をより良くするために、海外の仕組み・事例も見て参考するにあたっては、形式的な差異に飛びついてはだめだなと。本質的に見て日本のバレエ団に転用可能で、かつ優先順位高く対応すべきことから実施することの大切さに気づくリサーチとなりました。