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Collection of things that stayed with me .| 見たもの、出会ったもの、心に残ったものを集めたライフログ。

August 2026_大学院生活の終わりを迎えるにあたって

9月に入って異常気象ですね…どんよりとした雲、鬱陶しい雨、東京は幸いにも大規模な災害にまでは至っていないけれど、否が応でも気分が滅入ってしまう今日この頃です。こう毎日太陽の光を浴びられないと、なんだか自然に心がネガティブになってしまうからか、わずか1ヶ月前にはうらめしくて仕方なかった陽射しが、今は恋しくてたまらない。たまに太陽が顔をのぞかせると、日傘を差すのもやめてうきうき外に出かけています。

 

このブログを書きあげたのは9月20日の連休2日目。

昨日9月19日は早稲田大学大学院経営管理研究科の学位授与式でした。足掛け2年半、自分のキャパをぎりぎりまで使って最大限の機会を得て、それを経験という形で自分の財産にさせてもらった大学院生活、ついに終わりを迎えました!万歳!

思い起こしてみると、大学院生活の始まりと同時に月1のブログ投稿を始め、気づけば大学院に関連する投稿は20本を超えました。今回の投稿にあたってすべての関連投稿にざっと目を通して思うことは、仕事との両立のなかで不完全燃焼の部分もあったけれど、「やりきったな」の一言に尽きます。思い立って大学院進学を決めたときには想像しなかったような人生の変化に至っていて、心から挑戦してよかった。その挑戦の称号としての経営学修士(MBA)は、きっと私を新たな挑戦の機会へと導いてくれるとも確信しています。

 

ということで、今月は、大学院のすべての過程を経てみていまの私が感じる「大学院生活で得たこと」を言語化してみたいと思います。正直、科目ごとの専門的な理論や具体的な知識は学習を継続しつづけない限り忘れていくし、多くはAIに代替されていく類のものでしかありません。特に経営知識は数値やフレーム化された理論など、AIに凌駕されやすい領域でああります。(ついでに言うと私は忘れっぽいので覚えた知識もすぐに抜けてしまう💦)

一方で、大学院生活そのものの「経験」はAIに決して真似されないものであり、通った学生一人一人にとってそれぞれ固有の価値を持つ時間であることも紛れのない事実。私にとっては、10年後20年後に振り返ったときに人生の大きなターニングポイントの瞬間だったと感じるに違いないと思える濃密な期間でした。

言語化力・伝え方の大切さと難しさ

これまで高校、大学の高等教育に加えて、有難いことにロースクールも修了していますが、これらの教育とビジネススクールの教育の間で最も違っていたのは「言語化力・伝え方の鍛錬」であると感じています。ビジネススクールでは、グループワークやプレゼンの機会が圧倒的に多く、言葉によって議論し、お互いの学びを深め、教授とディスカッションし、聴衆を魅了する、そんなことが日常的に求められます。単に知識や理論をインプットするだけでなく、アウトプットが前提になっている実践的なカリキュラムですが、実はこれまで十分に経験したことがありませんでした。社会人を経験しているわれわれは、人と人との関係の間には常に「言葉」があることを痛いほど体感しているからこそ、プレゼンやグループワークの重要性を理解しながら、ビジネススクールという失敗の許される環境で日夜目をこすりながらも経験を積んできました。

 

入学当初はまさか大学院の学びとして一番最初に「言語化力」を想起するとは思ってもいなかったし、私でいえば法務以外の経営知識全般を身に着けることが自身のキャリアに必要だと感じて入学したのでした。しかし、大学院生活を通じて経営に必要な様々な知識を全方位的に押さえられたことはもちろん重要な価値ではありますが、この2年半の間に劇的に社会は変化して、これからのAIとの共存の時代に人間に求められるのは、AIに頼ることのできない身体性になりました。身体性というとダンスやバレエなど日常から離れた身体を使う何かを思い起こしがちですが、誰しもが日々扱うのは「言葉」を通じた身体性です。社会に戻れば常に「言葉」で人を説得し、共感し、激励し、先導することを求められ、五感を使って身体性を通じて人間らしい活動に従事していくことを思うと、この2年半集中的に「言語化・伝え方の鍛錬」を蓄積できたことこそが、今後の社会人人生に一番大きな影響を与えるように思います。

最近の楽しみは城攻め目的の日本全国の旅。8月末は岡山へ。

私の場合は、この2年半を通じて、仕事でもプレゼンや登壇の機会が圧倒的に増え、常に実務と連動しながら「発表」の訓練と本番を行ったり来たりしていました。大学院関係で印象的なものでいうと、M1時代のJBCCファイナルでのプレゼンやインドはベンガルールでの英語プレゼン、M2では「アドテック」の登壇や、もちろん圧倒的な時間を割いた修論の公開審査会、そしてオランダの授業での英語プレゼンもありました。これ以外の授業でのプレゼン・グループワークの時間も含め、すべての機会が人に「伝える」ことの深さと難しさを考える時間だったように思います。

 

これまでも、弁護士という職業柄言語化を求められることは多く、セミナー登壇も多いので、法律に明るくなく、かつ自分と同世代の人を相手方として、法律の概念の説明や事例への当てはめをわかりやすく伝えるスキルは一定身に着けてきた方だと思います。一方で、ここ数年仕事のフェーズが変わってきたこともあり、課題感を持って教授陣や大きなイベントでの登壇者のプレゼンを見聞きしていると、ちょうどいまの私くらいの年齢からは、これまでの伝え方のスキルだけでは太刀打ちできないことを明確に認識しました。例えば、

  • 弁護士の壁を感じさせないフランクな言い回し→目上の方の前でも恥ずかしくない言葉選び
  • わかりやすさを最優先した言い換え表現→わかりやすさの中にも難解さを匂わせる論理展開
  • 滑らかに矢継ぎ早に言葉を繰り出す話し方→ゆっくりとメリハリのある低めの音階

などなど、一言でいえば「大人のプレゼン力」が必要になり、そのための言語化力(論理構成と言い回し)と伝え方(スライド構成と話し方)は、これまでの自分のやり方からはかなりの変化を迫られました。まだまだ道半ばではありますが、大学院入学当初に仕事で課題として感じ始めたことを、大学院生活の実践やフィードバックを通じて「こうやりたい」という自分なりの完成型と「ここまで準備しないと今の私にはできない」という必要な準備時間・プロセスを整理できたことは、大きな収穫です。これからも自ら登壇の機会をつくりつつ、こつこつと練習を重ねていきたいと思います。

思考の軸を知り、創り、磨く

入山ゼミに所属し、「思考の軸を鍛える」というコンセプトのもと、大量の世界トップレベルの論文を読んだことで、(細かいところはよく覚えていないにせよ💦)今後起こる多様な意思決定の局面における新たな武器を手に入れられたことは大きな財産です。もちろん、これは知識なので、AIにも答えられることではありますが、一度自分で理解するプロセスを辿らなければ問いを立てることもできないわけで、私にとっては「法律」に続く非常に強力な思考のツールを手に入れることができたと考えています。

 

とはいえ、「知識」を手に入れるという意味だけであれば、入山先生の著書である「世界標準の経営理論」を読めば良いのでは、と思われるかもしれません。それはまったくそのとおりで、私としては、論文の理論という知識を得たこと以上に、各論文についてゼミ内でディスカッションし、友人が自分とは異なる観点を指摘してくれることで、ぐっと理解が深まり事例にあてはめられるようになったり、ときには「この理論はこういう事例は想定しておらず片手落ちである」とか「この実証研究はアメリカでは通用するけど、日本ではあてはまらない」といった著名論文の射程範囲や(ときに)不完全性まで把握できていることに意味があると思っています。

 

つまり、超トップレベルの普遍的な論文でもない限りは、論文といっても万能ではなく、「思考の軸」とはいえ常に批判的に捉えうるものであることを体感できていることに意義があるように感じます。特に経営学は、比較的新しい学問で、世の中の経済状態や市場環境などの状況に応じてトレンドや趨勢が変化していくものでもあるので、この時代には抜群に使える理論でも、時代が変われば通用しないといったことが容易に起こる印象でした。特に変化が速い現代においては、その傾向は加速していくのかもしれません。私がこれまで扱ってきた法律は、時代が変化したあとから立法が追いついていくもので、一度法律化されれば時代が変わっても有効であるという意味で硬直的なツールなので、その違いを体感するのも面白く、まったくタイプの違うツールを手に入れることができたことが私にとっての固有の価値なのだろうと思います。

 

また、自分が修論を作成して一定の理論構築をしたことで、今までは、法律・判例・論文のように、ありものの理論を「使う」ことしかしてこなかったのに対し、自分が理論そのものを構築することができるということを実感できたことも得難い経験でした。自身を取り巻く「アートとビジネス」の関係性を整理していくという命題のもとでは、ぴたりと当てはまる既存の理論はないので、何かしら強固の枠組みのようなものがないとインパクトのある形で社会に説明していくことはできないのではないか、と思っていますが、それが「不可能なことではない」と頭で理解できたことは、一筋の希望の光を見出したような気持ちです。

 

一方で、素晴らしい数式ほどシンプルである、と言われるように、経営理論や学者・実務家が構築するフレームワークも、頑強なものほどシンプルでクリアです。そんな理論を果たして見つけることができるのか、と考えるとそれは困難な道のりであるようには感じていますが、この大学院での経験を踏まえ、ダンス・バレエという身体芸術とビジネスの双方を理解している自分の強みを生かした理論構築のような取組みも、今後も自分なりに機会を見つけて実行していきたいと考えています。

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付け足す工程を終了する

バレエでは、常に「完璧」という状態はありえず、自分が「できていない」ことをベースに「できるようになる」ことを目指して日夜踊り続けていました。そういう思考と訓練が身についているからか、弁護士になってからも、不甲斐ない自分の未熟さにばかり目がいき、自分はいつも何かが不足しているとの思いのなかで、ずっと自分に何かを付け足すことを求め続けてきました。新しい知識を身につけること、多様なクライアントを増やすこと、経験のない世界に飛び込むこと、そして未知の領域の大学院に入ること。できることを増やしていけば、その先に「自分にしかできないこと」が見つかるような気がしていました。「まだまだ足りない」を原動力にしながら、そのエネルギーで自分にしかできない何かを追い求めてきたように思います。

 

でも、MBAを取得したいま、ようやく、自分に何かを付け足し続けるフェーズは終わったのだと、自分の中で納得感を持って認識し、少し安堵の心持ちで今日を迎えています。もちろん、これからも新しいことを学ぶし、知らない世界にも出会いたい。でも、それは「足りない自分を補うため」ではなく、すでに自分の中にあるものをどう使うか、を熟慮した結果としての出会いなのだと思っています。これまで仕事や大学院、留学などを通じて身につけてきた知識や経験は、かなりの回り道もしていて、軸を異常なほど広げながら積み重ねたのでかなり取っ散らかっているようにも見えますが、2022年に大きな病気を患ってからは常に自分の胸に手を当てながら1つずつ選んできたことで、やっとこれから1つの方向に収束させていくことができる、という感覚を得ています。これまでの無数の経験をどう組み合わせ、どう編集すれば、自分にしかできない仕事になるのか。何か新しいものを外から持ってきて自分に足すのではなく、すでに持っているものの間に、新しい関係をつくっていくことで、実際に形にして、試して、自分らしい成果を出していくフェーズなのだと思っています。ここから5年~10年くらいは、自身の代表作といえるような仕事を自ら掴んでいける兆しが見えてきていて、わくわくしながら動き始めているところです。

この2年半の大学院生活とその間にあった様々な出会いや新たな取組みを通じ、ようやく自分の不足感を満たす行為に終止符を打てることで、大学院の終わりこそ新たな始まり、と強く感じています。今もなお時折強烈に満たされていない感覚も覚えることもありますが、そんな自分の思いも自分らしいとまっすぐ受け止めながら、次のチャプターへと少しずつ歩み始めているところ。この早稲田での2年半をターニングポイントにするのは自分自身で、そんな未来をつくっていきたいと思います。

 

大学院生活を通じて出会った全ての方々、極限の生活を支えてくれた家族に改めて感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございました!これからもよろしくお願いします!

July 2026_直島でアートの価値に向き合った夜

8月も後半に入り、昼間がどんなに暑くても夜は鈴虫が鳴く季節になりました。日傘がなければ到底乗り切れない日中の陽射しにうんざりしつつも、影の向きが少しずつ変わり、心なしか短くなってきた陽の長さに一抹の寂しさを覚える今日このごろです。

 

日本に「帰ってきた」余韻からあっという間に日本に馴染みきった日々を過ごしていますが、ヨーロッパで寸暇を惜しんでアートに触れてきた習慣を途切れさせないようにしたくて、週1アートを実践して2ヶ月が経とうとしています。

私にとってアートは心の栄養の時間であり、一番好きな趣味の時間であり、生きがいとしての仕事の時間であり、そして思考に集中できる時間でもあります。オランダで体得したその豊かな時間は、東京に帰って目まぐるしく動くとつい忘れてしまいそうになりますが、習慣化したことで欠かせない時間になってきました。

思い返すと、30代はとにかく仕事が目まぐるしく、大好きなバレエでさえほとんど観られない生活を送ってきました。一度そういう生活に慣れてしまうと、別にバレエはなくても生きていけるもの。当時の私にとってアートはまさに不要不急の存在で、時間を捻出するために一番最初に削った時間。常に走り続け、仕事に捧げて生き切った時代が今の礎なので一点の後悔もないけれど、自分らしさと健康を引換えにしていたことも確かでした。

 

どのように生きるかは人それぞれで、一人の人生のなかでもときどきによって変化していくけれど、今の私には週1アートが心地良い。今はアンダンテ(歩くような速さ)のテンポで、走り抜けたら気づけない小さな違和感やちょっとした感性を大事にすることが、未来の自分を形作っていくように感じています。それが何にどうつながっていくかはまだわからないけれど、余白を持った時間を意図的につくりつつ、1つ1つの経験を糧にしたい。今月もそんななかで気づいたこと、感じたことを綴っていきたいと思います。

アート習慣に最適な街: TOKYO

ちょっとした余暇ができたときに「そうだアートに行こう」と思えるくらい、東京には世界の主要なアートが集まっています。オランダで魅力にはまったゴッホ、パリに5回も行きながらゆっくり見に行けなかったピカソ、そしてフェルメールの名作「真珠の耳飾りの少女」は、私が帰国してからの2ヶ月の間に日本にお目見え。ゴッホと並びオランダを代表するレンブラントの展示も絶賛会期中だし、帰国直前に駆け込んだオルセー美術館展やフランスの象徴ルーブル美術館展のスタートも目前で、もはやヨーロッパに行かなくとも主要な作品は待っていれば日本にやってくる。もちろんバレエ公演は溢れているし、多種多様なミュージカルや音楽、そしてもちろん日本の伝統芸能もどこかしらで日々開催中。多種多様なアートに触れる機会に事欠かないことは、東京の魅力の1つです。

 

ところで、欧米の美術館・博物館は、作品を収集して永久保存するとともに、自蔵するコレクションを開放することで次世代に文化を継承する場所として機能しています。一方で、日本の美術館・博物館は戦後にできたところも多く、所蔵するコレクションも少ないため、当時から海外とネットワークのあった新聞社の手引きで、「企画展」という形での展示手法が発展していきました。いまや数えきれないほど同時開催されている企画展は、ときに商業主義的と揶揄されることもありますが、媒体社が事業として実施している以上売上や動員数といった数字にこだわることは当たり前。むしろ、そういった目玉の企画展があることによって、話題にはならないけれどいぶし銀のような深みのある企画も可能になります。

 

また、「企画展」の何よりも面白いところは、「企画」があること。最近のものでわかりやすいものでいえば、ピカソ×ポール・スミスのように、企画展には必ず「編集」があって、対象となるアーティスト(例えばピカソ)や美術館(例えばルーブル美術館)をどう切り取ってまとめるのか、を見るのが面白い。人間の目そのものが多分に編集的で、何かを考えること自体も、情報を選び、分け、結び直す編集であると言った松岡正剛の言葉のとおり、世の中は編集で満ちています。日本独自の企画展の発展を通じて、キュレーターの編集がより身近にある環境では、編集の妙を学べる機会に溢れていて、自分の思考を捉え直すきっかけにもなっているように感じています。

アートとエンタメの再編集

一方で、フェルメールの「真珠の耳飾りの少女」を観るために大行列ができる様子などを見ると、なんだかディズニーランドのアトラクションに並ぶ列にも見えてくる。そうしたときに考えるのが、アートとエンタメの境界線です。感覚的に、日本はいろいろなものが曖昧になっていることが多い文化だと思うのですが、アートとエンタメの境界線は思っていた以上に曖昧なのかもしれないな、と感じるようになりました。

 

欧米の文脈でアートを考えると、写真技術が生まれた近代以降はそれまで自明だった見方や価値の枠組みをずらし、新しい見方を提示するのが狭義のアートであり、肌の色が死体に見えると酷評されたルノワールも、便器でアートの定義を揺さぶったデュシャンも、大量消費のプロダクトをアート化したウォーホルも、自分らしいモノの見方をアートというアウトプットで表現したと理解しています。その斬新な提示は、斬新すぎるまま消えていったものが大半なのでしょうが、一部の天才が切り拓いた提示がどこかのタイミングで少数派の理解から多数派の共感を呼ぶ段階にまで浸透すると、日本においては「稼げる」企画展として成立するようになります。この段階においては、もはや一部の人だけで共有されるハイカルチャーというよりは、美術展というハイカルチャーとしての制度的権威を保ちながら、みんなが楽しめるエンタメとして消費される印象を受けています。

 

一方で、例えばキティちゃんやフィギュアのように、日本では典型的なエンタメ商材として生まれたものが、いつの間にかアートの様相を呈してきていたり、江戸時代の町民の娯楽であった歌舞伎は時代を経て伝統文化というアートの分類にもなってきている。このように、どうやらアート⇔エンタメは様々な分野で往来しているようなのですが、そもそも「アート」と「エンタメ」の定義自体が曖昧なものであって、いざその境界線を引こうとすると、実は想像以上にはっきり分けられないことに気づきます。特に、日本の場合は、明治になってからいわゆる西洋の「アート」が輸入されてきたこともあり、やや複雑化しているような気もしていて、別物と捉えてきたこの2つの領域を再編集できるのではないか、ということも頭の片隅で考え始めました。

アートは日常に「ある」

草間彌生さんが亡くなった8月27日の翌日、生まれて初めて直島を訪れました。これまで何度も行きたいと思いながら実現しなかった直島訪問がこのタイミングで実現したことを勝手に奇跡と呼びつつ、とにかく感性を開いて過ごした1泊2日でした。仕事として行っていたため、なんだか仕事脳とアート脳がぐちゃぐちゃでうまく言葉も出てこず、反省の多い旅でもありました…。

 

そんななか強烈に感じたことはアートは日常に「ある」ということです。

アートというと、絵画なり彫刻なり舞台なり何かしらのアウトプットをイメージしますが、私にとっては、例えば本業である法律を読んでいてもアート的な美しさを感じますし、契約書を作成するときも美しさにこだわります。そう考えると、アーティストによるいわゆるアート作品だけがアートなのではなく、実はアートはアウトプットの手前にある思いの方で、「こうありたい」「これが美しい」という人の感覚やこだわりに宿っているものではないか、と思うようになりました。「魂」と呼んでもいいのかもしれません。そう考えると、実はアートは日常の至るところにあるかもしれない。ただ、1つ1つの「魂」に誰しもが気づくわけではなく、人によって見えるところが違い、各々が触れる琴線は異なっている。そして、自分が何に心を動かされ、どこに美しさを感じたのかを意識的に捉え言葉にしていくことで、自分自身が何を大切にし、世界のどこに価値を見出しているのかを知ることに繋がります。そうやって自分なりの「基準」を知ることが、自分自身の個性を知り、自分らしい仕事や意思決定につながっていくのではないかと思い、私の価値観を言語化したいなと思いながら、様々なアートに触れる日々です。

 

今回、直島の家プロジェクトの1つ、南寺で行われているジェームズ・タレルの「バックサイド・オブ・ザ・ムーン」を体感したときに、改めて目の前にはあっても気づいていないことというものがある、ということを強烈に感じ、アートもそのような存在なのかもしれない、と感じたところ。西田幾多郎の言う「声なきこのの声を聞き、形のない者のものを見る」というワーディングに通ずるところかもしれません。このあたりも、もう少し自分の中で深めていく取組みを続けていきたいと思っています。

 

June 2026_オランダ留学経験で学んだこと(アート編)

スイスのルツェルンで見た最後の夜明けの景色は忘れられない。

じっとりと湿気のある成田空港に到着して思わず「日本だー」と呟いたのも束の間、帰ってすぐに修論の締切りがあったので、まずは直すと決めたところの修正を行い、読み進めるなかで突っかかりを感じなくなるところまで何度も推敲。書き上げたところから半年あったのに、「結局ぎりぎりだよな」と苦笑しつつ、ようやく提出することができました。やりたいことはやりきった清々しさを感じつつ、その後も何となく浮き足だったまま帰国を理由に色んな方にお会いしたり、時には自分に向き合ったりしながら、あっという間に一週間が経過しています。日本に帰ってくると、ホームに帰ってきた安心感がある一方で、体や感覚にはまだヨーロッパが残っていて一番、一番鮮やかに日本とヨーロッパの違いを捉えることができる。そのうちあっという間に日本に馴染んでしまうのだけれど、違和感を見つけて理由を探るのが好きな私にとってはゴールデンタイムです。海外で過ごして日本に帰ってくると、日常に戻るのか、と寂しくはあるけれど、自分が日本に戻っていく感覚を味わうのが面白いと感じる今日この頃です。

 

そんな感覚を研ぎ澄ます日々からも一息ついてしっかり日本人に戻りつつあるいま、自分の中のヨーロッパが記憶の箱にしまわれて取り出せなくなってしまう前に、いまの思考の現在地を記したいと思い、今月は留学の総括文化編を書いていきたいと思います。3ヶ月と10日の今回の旅を通じ、沢山の舞台に出会いヨーロッパのダンス・バレエに触れてきた今の感覚は、私のダンス・バレエ観の現在地であり、今後の自分のアクションの指針になるとも思っています。そんなわけで、結構たっぷりと書くことになりそうで、本日納豆の日7月10日、書き上がるのはいつになるのか、という感じではありますが、早速いってみよう!

オランダ関連の投稿にミッフィーは外せないのです。

それからあっという間に時は過ぎ、書き終わったのは24日。

7月23日にやっと本チャンの審査会(1月にも公開審査会に参加したけど、私だけ評価なしのリハーサルでした。)を終え、修論プロジェクトが完結しました。この論文は、入山先生から言われた「やりたいことから逃げるな」の一言に歯をくいしばりながら、ダンス・バレエやアートの世界における自分の役割を捉え直す旅でした。これからは、このプロセスで得た無数の学びを糧に成長した自分の力を社会に還元していきます。ゆっくりじっくり考えることの面白さに気づけたのも修論があったからこそ。今回のブログは、ここから始まる私の新しいチャプターの指針。今考えていることを全部出し切って、リアルに残していきたいと思います。

今回の旅のアート鑑賞結果報告!

せっかくなので、オランダ滞在期間中に経験したアートを一覧にしてまとめてみました。ダンスやバレエを中心に、オケや絵画等も含めてヨーロッパ各地を飛び回れるからこその贅沢な経験を積むことができました。

 

3/20 マウリッツハイス美術館 @ハーグ inオランダ
3/27 NDT2 "I dreamt, it was" (Kill Your Darlings & SAABA) @ ハーグ in オランダ
3/29 オランダ国立バレエ団「ラ・バヤデール」@アムステルダム in オランダ
4/4 ミュンヘン・バレエ "WAVES AND CIRCLES" (Blake Works I, Megahertz and Boléro) @ミュンヘン in ドイツ
4/14 オランダ国立美術館 @アムステルダム in オランダ
4/24 バレエ「えんとつ町のプペル」2024年公演映像 @モスクワ in ロシア
4/25 モスクワ音楽劇場バレエ団「エスメラルダ」 @モスクワ in ロシア
5/1 英国ロイヤル・バレエ団 "Wayne McGregor: Alchemies" @ロンドン in イギリス
5/2 ミュージカル「トトロ」 @ロンドン in イギリス
5/2 "AUGMENTED: Dance powered by MAM+AISOMA" @ロンドン in イギリス
5/3 "Breakin' Convention 2026" @ロンドン in イギリス
5/4 英国ロイヤルバレエ団「マイヤリング」 @ロンドン in イギリス
5/7 "Rosas danst Rosas" @ロッテルダム in オランダ
5/9 オランダ国立美術館、レンブラントハウス @アムステルダム in オランダ
5/10 ゴッホ美術館 @アムステルダム in オランダ
5/21 「ジゼルのあらすじ」 @ユトレヒト"Spring Festival" in オランダ
5/22 NDT2 "I dreamt, it was" (Kill Your Darlings & SAABA) @アルクマール in オランダ
5/23 "campfire" @ユトレヒト"Spring Festival" in オランダ
5/23 オランダ国立バレエ団ジュニアカンパニー & ISH Dance Collective "GRIMM” @ハーレム in オランダ
5/24 "To Carthage then I came" (Romeo Castellucci & Scott Gibbons) @ブリュッセル in ベルギー
5/27 Multi Layered Body “Animal” @パリ in フランス
5/30 英国ロイヤル・バレエ団「リーズの結婚」 @ロンドン in イギリス
5/30 韓国国立現代舞踊団 "Voyage" "Hakko" @ロンドン in イギリス
6/12 コンセルトヘボウ管弦楽団 (Fabio Luisi - conductor) @アムステルダム in オランダ
6/16 JR "La Caverne du Pont-Neuf" @パリ ポン・ヌフ in フランス
6/16 装飾美術館 @パリ in フランス
6/17 オルセー美術館 @パリ in フランス
6/17 Foundation Louis Vuitton @パリ in フランス
6/17 パリ・オペラ座バレエ団「ラ・バヤデール」 @パリ バスティーユ in フランス
6/18 トーンハレ管弦楽団(Paavo Järvi - conductor) @チューリッヒ in スイス
6/21 ゴッホ美術館 @アムステルダム in オランダ
6/27 ピノー・コレクション @パリ in フランス
6/27 パリ・オペラ座バレエ団"VIBRATIONS" (Dreams This Way, Solo for two and The Seasons’ Canon) @パリ ガルニエ in フランス

旅はいつもここから始まった。ロッテルダムセントラル。

今回の旅は、特にコンテンポラリー・ダンスをできるだけ多く吸収したいと思って意気込んで日本を出ましたが、ヨーロッパはもはやどこのバレエ団もクラシック・バレエとコンテを半々くらいの割合で上演していて、加えてコンテ専門のカンパニーやフェスティバルもあるので、自然とコンテを観る割合が増えました。むしろクラシックの作品が思ったより観られなくて残念でしたが、「見逃した!」という公演は少なく、改めてコンテの公演の多さをひしひしと感じることとなりました。

 

これまで、バレエを35年以上観ているのに対して、コンテを本格的に観るようになったのはコロナ前くらいからで、私にとっては鑑賞慣れの程度に大きな隔たりがありました。バレエもダンスもそうなのですが、やはりまずはある程度量を観ないと面白さが自分の中で立ち上がってこないもので、コンテはずっと少し遠い存在と感じてきました。けれど、今回「あれも観たい、これも観たい」とあっちこっちに出向くなかで、いつの間にかぶわっと感性が広がったような気がしています。バレエに関しては技術が身体感覚としてわかるので、テクニック先行で観ている部分も多いのですが、コンテは身体の馴染みが少ない分、より感覚的なところで体感していることも多く、コンテの鑑賞経験の増加がその他のアートの鑑賞時の感性を豊かにしてくれているようにも感じます。

また、公演をきっかけに様々な都市と劇場を訪れることができるのも楽しいところ。旅行をしてその土地の歴史と雰囲気を見るのが大好きなので、本当に幸せな3ヶ月でした。

アートの中心はやっぱりパリ

広大な公園の中にあるルイ・ヴィトンファンデーションからパリの街を臨む。美術館は至るところにあって、何度行っても行ききれない。

パリには実に5回も足を運んでいて、そのたびに様々なアートに触れる機会を得ました。なぜなら、観たい舞台や建築、絵画などの作品で溢れていて、パリという都市そのものがアーティストを強烈に惹きつけているから。

 

今回、パリでは現役のコンテダンサーの方や現地で長くダンスやバレエを鑑賞していらっしゃる方々のお話を伺いましたが、フランスでは、フリーランスアーティストは年間507時間以上働くなどの条件を満たせば、契約のない期間に失業給付を受けられる仕組みが確立しています(しかし、この「507時間」という基準は常に論争の対象になっているようで、引き上げるか維持するかで何度となくストライキが起きているそう。さすがフランス)。また、国立バレエ団のダンサーなどは雇用契約に基づく従業員としての社会保障を受けられるのはもちろんのこと、フリーランスのダンサーであっても医療保険や基礎年金、傷病時の所得補償の対象にもなっていて、手厚い社会保障が整備されています。

これだけでも、アーティストがパリに集まってくる理由がわかりますが、さらには劇場やダンスハウス、地域文化施設といった多様な場所で相当な人数のレジデンスアーティストを継続的に受け入れていて、研究・実験・制作を支える統合的なプログラムを通じた資金提供がなされています。つまりは、文化が花開くことを必然にするだけの「創造し続けられるエコシステム」が完成しているのがフランスなのです。

ヨーロッパの劇場はどこも個性的。劇場に行くことそのものが日常の楽しみ。

国とアートの関わり方ーフランスと日本の比較ー

日本からしたらうらやましくて仕方がないフランスのアーティスト向け社会保障ですが、アートを国家として支える仕組みは歴史的な経緯が色濃く反映され、一朝一夕でできあがったものではありません。なので、かつてはフランスの制度を少しでも日本で取り入れられないか、と考えていた私も、先人の努力と歴史のうねりの中で積み上げられた背景を加味せず、今の制度という結果だけを見て日本も真似てほしいと望むことは、ナンセンスとすら思うようになりました。

 

自身もバレエを踊り、バレエを継承芸術として確立した太陽王ルイ14世に代表されるように、フランスにおいてアートは国家権威の象徴であり、フランスこそがヨーロッパ文明の中心であることを示す装置でした。そして、フランス革命後にはこれを「国民のため」に転用し、アートは共和国として民をまとめ、国家を成立させる装置となりました。常にアートはフランスらしさとは何たるかを具現化する1つの手段だったように思います。バレエでいえば、確かな個性のある気品高いオーケストラの音色、そして音をたっぷりと使った余裕と余韻が残る上品なバレエの動きは、(実際どうかはさておき)誰もが思い描くフランスの薫りそのもの。そうやって国家がアートをつくり、国民に広く届け、そしてアートを通じて国民としてまとまっていく、そんなことを繰り返してフランスという近代国家のアイデンティティが形成されていきました。

その精神は、1959年にシャルル・ド・ゴールがアンドレ・マルローを「文化担当国務大臣」に任命し、国民教育省等にあった文化関係部門を文化省として独立させたことに引き継がれ、国が文化の創造・普及・保存を一体として担う現在の政策に脈々とつながっていくのです。

踊り手の子供たち、観客の子供たちのパワーを感じた公演。未来のために投資する劇場体験をつくりたい。

一方で、日本はというと、フランスの「国家がアートをつくり、国民に返すモデル」に対して「社会や市場がアートを生み、後から国家が保存するモデル」。

歌舞伎でも、浮世絵でも、キャラクターでも、アートは国家が供給しなくても、興行主、版元、師匠、観客、ファンによって支えられ、国家の関わり方は、ハコの建設と社会風俗の管理監督、そして出来上がったアートを保存することが中心になりました。この民間から自発的に生まれる多様な文化は、単一民族国家ゆえの感覚的同質性が民間のムーブメントをつくりやすかったということに起因していると思いますし、長らく侵略を受けていない日本では共同体が崩れなかったことも影響しているだろうと想像します。つまり日本は、フランス型の公的エコシステムではなく、民間・市場・人的ネットワーク型のエコシステムを国家が補完する形でアートを支えてきた歴史があるのです。そう考えてみると、現在の文化への公的資金の枠組みは、単純に金額だけを見て海外と比較すれば見劣りするように思ってしまうけれど、実は日本らしいエコシステムの中できちんと支えていただいていることを実感します。また、ここからさらに良くしようとしてくださっている現場の皆さんのご苦労も、直近の様々な業務を通じてひしひしと感じるところです。

このように、民間が盛り上げ、国家が保存・施設提供・部分的助成によって支える仕組みになっている日本では、明日からフランスのような制度にしようといっても土台が違いすぎて無理がありますし、他国をうらやむことよりも、歴史を積み重ねてある今に感謝し、どう未来に繋げていくかを考えることの方がよほど重要だと思うようになりました。

 

一方で、日本は景気後退により「民間・市場・人的ネットワーク型のエコシステム」に基づく関係性が希薄になっていることも事実です。失われた30年のなかで、人間関係や社会を繋ぎ豊かにする小さな光として存在するはずのアートは、企業や個人の金銭的・精神的余裕が失われ、以前よりも少しずつ遠くなっていっているように感じます。もちろん、推し活やアニメなど益々大きなムーブメントが生み出される活況の業界もありますが、いずれも趣味の個人的な世界を深めることへの投資として消費されているにすぎません。

そして、それと同時に、アート業界側も、激しい社会の変化やダイナミックな市場の動きを捉えながら、個人を超えた企業・社会に繋がる新しい接点をつくることが十分にできていない点も否めません(それが悪いということではなく、時代が変わりそして体力がなくなってきているなか、社会との接点を自ら模索にしていくことは本当に難しいのです。)。アートが持つ無限の可能性を示し、「支援を求める」よりも「社会に貢献できる」ことを提示して、現代におけるアートの意味を再定義する必要があるのではないでしょうか。私自身も、バレエ・ダンスと企業・社会の関係性を常に考え、そしてアートを通じた豊かな時間を社会に染み込ませていくことでもっと良い世界をつくることを、これから取り組み続けていきたいと思っています。

私にとっての原点はロイヤルオペラハウス。長らく映像でしか見られなかったけど、2020年に初めてここに行ってやはり生で見なければいいけないと思った。

コンテとバレエが抱える根本的な課題

社会のなかから力強くアートが生まれていく日本の弱点は、市場性の弱い現代舞踊、実験演劇、現代音楽、若手の新作などがこの枠組みからこぼれやすいこと。まさに日本のコンテンポラリー・ダンスはいまだその渦中にあります。どうやったら日本の社会の文脈に載せられるのか、非常に難解な問いをまだ誰も完全には解けていないように思います。

 

一方で、ヨーロッパに身を置くと、日本はいかにクラシック・バレエの公演が多いか、ということを痛感させられます。季節的にも稼ぎどきの夏ともなると、海外帰りのダンサーたちの凱旋公演も含め、毎週クラシック・バレエの公演が怒涛のように続き、もはや東京は世界中で最もクラシック・バレエを観られる場所になっています。このことは、ヨーロッパの尺度で見たら「遅れている」という評価になるのかもしれませんが、私は今回の渡航を経て、遅れているというレベルを超えて興味深く、そして驚異的と捉えるようになりました。

 

元来クラシック・バレエは、外来ものであって決して日本の社会の中から立ち上がったアートではありません。現に当初日本にバレエを輸入したG.V.ローシーは日本にうまくバレエを根付かせることができなかったと聞きました。あまりにも厳格なレッスンで、受講した生徒は、クラシック・バレエの探究よりももっと自由な身体表現を目指し、結果として日本のモダン・ダンスの源流になっていきます。

では、なぜ今これだけクラシック・バレエが隆盛を極めているのか。

それは、その後ロシア革命により日本に亡命してきたエリアナ・パブロワが、ロシア・バレエのメソッドを厳格に導入することにこだわりすぎず、日本社会になじむよう、日本人が好きそうな動きから教えたり、基礎練習ばかりに終始せずまずは踊りを一曲踊り終える教え方をしたことが変わり目になったようです。正確な継承よりも急速な認知拡大を一番の目的に、日本人に沿った教え方に変更したことで、エリアナ・パブロワのバレエ教室はあっという間に大人気になりました。

 

結果、今となっては、世界で一番バレエ教室が多いといわれる国になり、あらゆる国で日本人ダンサーが活躍する時代になりました。もとはといえば日本向けにローカライズして導入されたバレエですが、実は日本人のメンタリティに適合する部分も大きかったため、順調に発展を遂げ、いまや日本独自のクラシック・バレエがヨーロッパとは異なる文脈で展開しているようにすら見えます。とはいえ、日本バレエ界の創成期・発展期を支えた第一世代のほとんどが引退するなか、どこのカンパニーも二代目・三代目の難しい舵取りを迫られているのも事実。コンテと比較すれば踊り手の数も観客の数も圧倒的に優位なクラシック・バレエも、忍び寄る飽和感に怯えながら、次の一手をどうするのか。これもまたコンテと同等に非常に難しい問題です。

最後の最後でガルニエに行けたことでこれからのチャプターへのエールをもらった。また来ます。

日本のコンテンポラリー・ダンスもバレエも、いままさに過渡期を迎え、次のフェーズに向かおうとしている。その大きすぎる課題に対して、まだ私の中に明確な答えはありません。ただ、ヨーロッパで観た数々の舞台と、日本に帰ってきたときに感じた感覚は、文化をつくる人と、それを支える社会との間に、まだ私が考えるべき余白があることを教えてくれました。

文化は、制度だけで生まれるものでも、市場だけで育つものでもない。人が何かをつくりたいと願い、それを受け取る人がいて、その営みを次へとつなぐ仕組みがあることで、初めて続いていくものなのだと思います。そのつながりを日本の文脈のなかでどうつくれるのか。今回の旅を終え、新しいチャプターに立ったいま、私はその問いを自分の仕事として引き受けてみたいと思っています。

 

これで私のオランダ旅行記は終わり、この余韻からも離れて本格的に日本に戻ります。その中で、一番大きく変わったのはヨーロッパの捉え方です。アートの世界にいるのであれば、ヨーロッパを定期的に回ることは必修科目ですが、これまでは「ヨーロッパが本場だから」とか「日本は遅れているから」との意識が根底にありました。けれど、ヨーロッパと日本ではあまりにも歴史も土壌も人も違いすぎて、単純比較することなど土台無理なのです。何が正しいのかは常に相対的で、主義・主観が変わればいとも簡単に揺らぐなかで、自分たちの外に「正しさ」を置くこと自体自分を見失っているのかもしれません。とはいえ、そう考えられるのも、バレエが急速に発展し、まずはヨーロッパと同等の実力を備えて守破離でいえば「守」の段階を突破したからこそ。ヨーロッパのバレエという舞台芸術の経営を含めた全体像の型を学び、実践し実力をつけたことで、初めて見えてくる世界なのです。ここまで弛まぬ努力と爆発的なエネルギーで日本バレエ界を牽引してくださった先人たちに心から感謝しつつ、今後は改めて母国日本を見つめながら、日本らしいダンス・バレエの発展の仕方を探究し、実行し、見届けることが、引いては社会とのつながりになり、「破」「離」のチャプターに繋がると信じています。

 

May 2026_オランダ留学経験で学んだこと(ビジネススクール編)

夫にスネ夫と言われたロッテルダム・セントラル駅。3ヶ月暮らしたロッテルダムのランドマーク。

さて、このブログを書き始めたのは6月20日。この3か月のジャーニーもいよいよ終わろうとしているところです。今日は家族とアムステルダムのスキポール空港で落ち合うため、早朝にチューリッヒ国際空港から戻る予定だったのですが、土壇場になってFully bookedだと言われ乗れなくなり、家族は1人でアムステルダムに到着…この旅はそもそもスイス入りのときにもパスポートを忘れ一通りてんやわんやしたのですが、帰りもか…と意気消沈。ラストの乗客が乗りこんだあとのひっそりとしたゲート前であれこれ文句を言っても到底乗りたい飛行機に乗せてくれそうにもなかったので、ひとしきり交渉を終えてせっかくできた時間を有意義に使う!ということで、急遽ブログの執筆時間になりました。

 

今月と来月はこの旅の総括を書いていこうと思うのですが、まずは学生が本分ということで、今月はRotterdam School of Management(RSM)で学んだ気づきについて書いていきたいと思います。学習した内容に細かく入っていくというよりは、もう少し広く捉えて気づいたことやAI時代の留学の意味のようなことに触れつつ、学習内容としてはメインで学んだサステナビリティに少し触れたいと思います。
7時に空港に到着しはや8時間…振替便の搭乗まであと2時間、せっかくもらった時間を無駄にせず、元気にいってみよう!

AI時代の留学でよかったこと/もう少し頑張りたかったこと

私は家族の留学に帯同してアメリカ・ロサンゼルスに滞在したことがあり、2017年~2018年にかけては現地カレッジでEntreprenurshipのCertificateを取得するコースを受講していました。あの頃をぼんやりと思い起こすと、Writingに関してはGoggle翻訳を使っていた気がしますが、当然生成AIなどなく、英語もよちよちレベルだった私は、Reaing, Speaking, Listening含め随分苦労しました。とはいえ、高校卒業したばかりのカレッジレベルの入門的な内容だったので、ちょっと物足りなさもあり…という感じで、知的好奇心が満たされたかというとそこまででもない、そんな印象でした。

 

ところが、今回の留学はビジネススクールなので内容は格段に難しく、日本のMBAと同等レベルの内容。しかも今回はサステナビリティという論争やトレードオフの多い分野の授業を中心に受講したので、ディスカッションも多く予測可能性のない議論の展開についていかなければなりませんでした。加えて、今回の留学の裏目標は最新のダンス・バレエのいまを体感することにあり、授業の合間を見つけてはあちこち飛び回りつつ、日本とやりとりできる午前中は引き続き仕事…という感じでとにかくバタバタで…そんな三足の草鞋がどうにか成り立ったのはAIがあったからこそなのです。

運河が幾重にも広がるアムステルダム。何度も通ったし一番好き。

ということで、今回もWritngに関しては、Report作成やPresentation作成含め、あらゆる場面で生成AIフル活用。また、自分のListeningだけでは授業理解に不安があったので、授業はすべてレコーディングして書き起こしをAIにお願いしました。再度文章で授業内容を視覚的に(ここはもちろん英語で)確認することで自分のListening力をチェックしたり、その場では理解が不十分だった点を再整理。Listeningが4技能の中で1番苦手意識は低いものの、その日の自分の体調や話す人の訛りやクセによって聞ける割合が変化するので、そのぶれを均質化してくれるAIの存在に助けられました。総じて、AIドーピングのおかげで日本語で授業を受けているのとほぼ変わらないレベルで知識を吸収できたと思っており、学生としてやるべき役目を無事果たせました。

 

ちなみに、AIが使われ始めた当初、アメリカの大学などでAIを使った解答を判別するAIが登場して摘発していく、といういたちごっこのような事象が発生していましたが、RSMは学生がAIをフル活用することを前提にして授業を進めていて、これが今のヨーロッパのスタンダードだろうと思います。その代わり、AIを使ったら、どういった点でAIを活用したのかをある程度具体的に明記することがルールになっています。
それじゃ生徒の解答が均一化して、レポートなどで差がつかないのでは、と思われるかもしれないですが、生徒がAIを使うのと同じように、教授もAIを使うんですよね(笑)なので、シンプルにレポートや試験の難易度が上がってます。このブログを書き上げた22日は、家からAI利用okの論述試験を受けましたが、5ページくらいの教授がAIを使って作成した、今のEUの時流に乗ったオリジナルケースを読んで3問の論述を2時間半で解く試験。Sustainability Policyと経営理論を事例に当てはめながら経営判断を導きだす内容で、まるで司法試験。かなり練り込まれていて、(私の場合翻訳もあるからだけど)時間目一杯使って制限1分前にようやく提出できました。


あと、Report課題では、企業のトレーサビリティに関する問いを教授自身がチャッピーに投げかけて得た解答が問題の一部になっているという面白いアプローチも。チャッピーが犯してしまうハルシネーションの問題などに触れつつ、教授が出したチャッピー解答と比較しながら正しい解答をつくるのが課題、なんていうのもありました。改めて学生も自らチャッピーなどを使って解答を作り直すわけですが、その過程で教授のチャッピー解答を分析し、生成AIがどのような過ちを犯すのかを学べる興味深い課題でした。
個人的には、高等教育に関しては教授も学生もAIを活用した方がずっと深い議論ができると思っていて、お互いが最大限AIを活用した試験で、時間がない中知恵を絞るのにわくわくしながら試験問題を解くことができたのは良い経験でした。

 

一方で、当然のことながらAIドーピングしてるだけなので、英語力が伸びたかと言えば怪しい。もちろん英語を使う機会が格段に増えたので、より会話に困らなくなって楽に対応できるようになっているけれど、この3ヶ月でもう少しできたらよかったなと振り返るのは英語修得です。何度もつまづき、できないことを突きつけられながら過ごしてきた3ヶ月で、つらい時間も長かったように思います。けれど、今の自分ができることはやりきり、毎日英語学習する癖を身につけられたこと、そしてできないからこそまだまだ向上させたいという意欲につながったことは良かった、とプラスに捉えています。どんなにWritingなどを生成AIで代替できても、人との交流には瞬発力が必要で、語学力は引き続き欠かせません。もっと多くの人たちと時に白熱するようなディスカッションをできるように、英語は引き続き研鑽を積んでいきます。

オランダといえばチューリップ。満開のキューヘンホフに行けたのは良い思い出。

オランダの歴史を反映したこの国のサステナビリティの現在地とEUの動向

今回私はせっかくだから日本よりもヨーロッパの方が議論の進んでいる領域の知識を得たいと思い、サステナビリティの授業をメインに受講しつつ、サブ的にAI時代のリーダーシップ論の授業を受講しました。


非常にフラットな地形で国土の約3分の1が海面より低いオランダは、長らく水と戦ってきた国。オランダといえばまず思い浮かぶ風車も、それまで人力で行っていた排水を動力により可能にしたオランダ生き残りのための技術です。1000年以上も堤防を作り、干拓して水位を管理してきたこの国は、長期的なリスクに対して社会全体で投資することに慣れている国です。また、地形ゆえ常に地続きの近隣国の脅威にさらされてきた歴史から、常に自国の生存戦略に直面している国でもあります。そういった文化からか、オランダはEUの中でもサステナビリティの感度が高いことで有名です。

 

特に、これはこちらに来る前に友人から教えてもらったことを契機に知ったのですが(いかさん、教えてくれてありがとう!)、EUが2050年に向け、排出するCO2と吸収・除去するCO2をバランスさせる「ネットゼロ」を目標としていることに加え、オランダはさらに独自目標として、2050年までに完全循環経済を確立することを目標として掲げています。

つまりは、「ゴミ」という概念をできるだけなくし、原材料の使用を極力減らして製品や素材を経済の中で循環させ続ける社会を実現するということ。かなり攻めた目標だと思うけれど、こういった野心的な目標を掲げ社会で投資を先行することにより、いずれはオランダの後に続くEU諸国への技術提供等を通じて回収していくことを目指しているのだろうと思います。

こういったことを知るにつれ、オランダに行くなら絶対にサステナビリティやサーキュラーエコノミーを学ぼうと決め、3ヶ月間の講義を通じて様々な知識を得て、日常生活を通じてオランダの現在地を体感してきました。

 

そして、3ヶ月経ってみてよくわかったのは、EUにおけるサステナビリティの取組みも、オランダにおけるサーキュラーエコノミーの取組みも、実際には思っていた以上に転換点を迎えているということ。日本での授業の際もサステナビリティ関連の非財務情報開示規制の運用が難しいことや、先行していたはずのEUやアメリカがここに来て積極的に施策を推し進めていないことは理解していましたが、運用困難で効果も十分に出ていない状況は正直想像以上でした。


EUお得意の「社会のルールを変えることで優位性を維持する戦略」は、開示規制を設けるということで最低限実現しているものの、実際には運用が難しすぎて企業には過度な負担がかかります。一方で、単なる開示規制に過ぎないので実は本質的な取組みになっていない点で、目標への道のりは険しいという根本的な課題を抱えています。サステナビリティに関するPolicyはこの3ヶ月間で初めてきちんと原文に触れたのですが、例えば住宅を建設するときに一定の水量以上は出ないような仕様にする必要がある、など分野によってはかなり踏み込んだ規制も多々あり、自社のみならずサプライチェーン全体のCO2排出に関して開示しなければならないことも含め、まじめに遵守しようとする企業の負担は確かに過大です。

アムステルダムらしい建物が並ぶ旧市街の街並み。かわいい。

一方で、直近10年程度のEUの成長率は、アメリカの半分程度になってしまっているそうで、企業は、(この結果はすべてサステナビリティだけが原因ではないはずだけれど、)「サステナビリティより企業価値を上げることが最優先」というのが最近の論調です。

サステナビリティ規制の数値基準は、基準どおりやらなかったからといってサンクションがあるといころまで実効性を担保できているものは基本ないとの認識ですが、一方で見せ方次第では投資家評価・世間のレピュテーションにも影響がある分野でもあります。

また、これらの厳しい規制を盾に環境団体などがロビイングをしまくっているのがEUなので、特定の企業がいつ標的になるとも限りません。そういった意味で、企業の対応方針策定は極めて難しいことを改めて実感しました。

 

加えて、自国を超えてマクロでみると、同じ規制の適用を受けていても、EU所属国それぞれで当然ながら事情は全く異なるわけで、その中で全員に適用できるルールを定めて行こうとすると、妥協の産物になったり、いつまでも決まらなかったりと、EUという仕組みの根本的な限界も感じてしまいました。特に、地続きの隣の国がEU域外なら、環境・権利規制の適用を受けず安く製品が作れてしまうので、果たしてEUとしてまとまることが競争力を高めているといえるのかも、産業によっては疑問視せざるをえないのだろうと思います。

この論調を代表するのがMario Draghiの報告書であり、少なくとも現行のCSRD・CSDDDといったサステナビリティ関連規制は、いずれも対象となる企業を減らすため基準値を引き上げることが決まっているほか、開示報告の簡素化など、厳しすぎる規制を緩める方向に舵が切られました。

 

実際の市民感覚も各国で聞いてみましたが、総じて言われていたのが「サステナビリティが盛り上がったのは5年前だよね」とか「サステナビリティやサーキュラーエコノミーは一部のposhな人たちが言っていることで、実際には多くが大量消費社会にまみれている」といったことで、あまり社会に根付いているわけでもなさそう。

オランダでいうと、それこそ5年前くらいに盛り上がった先進的なサーキュラーエコノミー実現企業やサステナビリティ関連の施設の多くが今はすでに閉業しているというのが現実。

間違いなく環境問題は待ったなしである一方で、やはり今を生きる人たちが直ちに自分ごと化しにくいのかま現状です。また、これだけ社会が大量消費を前提にでき上がっていることなどを踏まえると、EUとして環境規制を先導したところで自国内ですら一筋縄にはいかないのだな、と世界レベルの生き残り戦略の現在地を体感することができました。

 

ただ、だからといって止めることはできないのがサステナビリティ。少しずつ開示規制を契機にAIも活用しながらサプライチェーン全体を見直して競争力を取り戻そうといった取組みに発展していっていることも確かで、次のフェーズに進んでいるようにも思います。サステナビリティって、絶対大事なんだけどなかなか自分ごと化しにくい、とか長期目線の取組みであるといった点で、実は文化政策にも通ずるところがあると感じたのも発見で、今後の動向も気になるところなので、今回学んだことをベースに引き続きウォッチしていきたいと思っています。

オランダといえば、ミッフィー!一生分のミッフィーを見たと思う。

オランダらしいソクラテスメソッドのクオリティの高さ

そんなわけで、サステナビリティは誰もに影響があり、共通して取り組まなければならない環境問題に端を発している一方で、それに関わる各種ステークホルダーの利害関係が複雑に絡み合い、各当事者にとっては影響度が大きいことも多いので、授業はディスカッションの宝庫。
オランダには、Polder Modelと呼ばれる合意形成手法があって、利害関係者全員がテーブルにつき、時間をかけて合意を形成する意思決定スタイルを取る慣習があります。Polder=干拓地とは海や湖を堤防で囲って水を抜いて作った土地のこと。堤防が崩れたら自分だけでなく隣人たちも全員沈むという特性を持つこの土地では、貴族・農民・商人といった立場を超えて話し合い、「対立より合意形成」「勝ち負けより妥協点」をモットーに徹底的に話し合われる文化が形成されているそうです。授業の課題でも、このPolder Styleのラウンドテーブルに参加する当事者になったつもりでチームごとにディスカッションを行うというグループアサインメントがありました。

 

ということで、よく様々な立場でディスカッションに行ったり、教授も積極的に「どう思う?」という質問をするのですが、その時に得た感覚が日本の授業とは大きく異なっていたので、記しておこうと思います。日本のMBAやロースクールでももちろん立場に分かれてディスカッションしたり意見を聞かれたりすることはあるのですが、教授が単に学生に考えを言うよう投げかけるだけだと、ぐっと重い空気になるし、教授と回答する学生の1対1のやりとりになることが多い印象です。また、明確に立場を分けて議論を行うと、今度はなんだか裁判みたいな仰々しい感じになり、なんとなく白黒つけたくなるというか、勝ち負けのあるやりとりになることがしばしばだったように思います。

 

しかし、オランダの学生は、Ponder Styleの教育を自然に受けているからなのか、スピノザやデカルトを始めとする哲学の隆盛を踏まえた問答の姿勢が生きているからなのかわからないですが、意見を聞かれたときはもっと軽やかに自分の意見をはっきり述べるし、次に回答する学生が前の人の補足をしたり、別の意見を言ったりして、もっと自然に生徒の中だけでどんどん議論が発展していきます。「自由な議論」というのが確かにあって、きちんとその人の意見というものを肯定したり否定したりする一方で、別に勝ち負けではないので、お互いに「そういう考え方もあるよね」という感じで実に建設的で深みのあるやりとりがなされていました。RSMは、20代後半~30代前半のオランダ人が圧倒的に多く、私より10歳くらいは若いと思うのですが、面白いやりとりだなぁと思うことも多かったし(聞けてないことももちろんあったけど)、逆にフラットなディスカッションの文化は日本には根付いていないんだなぁと改めて気づく瞬間でもありました。

 

加えて、学生が教授に容赦ない物言いをするし、教授側もはっきりそれは無理、と言ったりするのも結構新鮮でした。様々な場面で純然たる「ソクラテスメソッド」と感じるやりとりを経験できたのも、私にとっては良い学びでした。これがヨーロッパのスタンダードかはわからないけれど、ヨーロッパの人たちと仕事をするなら、こういうコミュニケーションも必要なんだよな、と思えたことは、元に戻るのですが、やっぱり英語を頑張りたいなと思う大きなモチベーションにもなりました。

 

悔いが残ることやできなかったことを挙げたらキリがないのですが、この記事を書きながら、何より「経験」ということそのものの価値を強く感じているところ。日本にいたら気づけないことも多く、これだから海外経験はやめられません。さて、来月は本丸のアート関連のこと(学生が本分ではなかったか?w)を書きたいと思います。

日本に帰ってからになりそう!6月30日、いよいよ帰国します。

April 2026_私がバレエとダンスを観る理由:感性と仕組みを接続する

子供のころから憧れの場所だったロイヤルオペラハウスももはや日常レベル。贅沢。

もう5月も中旬。こちらに来てから約2ヶ月が経ちました。時が経つのは早いようで、今は目まぐるしい生活からは離れているので、意外と時間がゆっくり進んでいる気もしています。4月中旬までは学校中心の生活でしたが、授業がひと段落して日本からのクルーの皆さんとオランダで過ごしたり、ドイツ、ロシア、イギリスに行ってみたり、遊びに来てくれた友達と再びオランダを満喫したりと、やりたいことをとことんやる1ヶ月でした。カレンダー上の予定からすると、イギリス行きが終わったら後半戦の始まり、とずっと思ってきましたが、5月5日にイギリスから戻り、後半のタームの授業生活も始まり、もう終わりが見えてきたと感じています。

 

1か月前に自己嫌悪だった英語はどうなったかというと、1ヶ月で大きく変わるはずもなく(笑)むしろ、思うように話せないことへの苛立ちはより大きくなっている。ただ、こればかりは短期でどうにかなるものでもないので、地道にこつこつ逃げずに取り組むしかない。毎日の勉強記録を付けるのは、司法試験の勉強をしていた時以来なのだけれど、どんなに授業で英語ができなくて気持ちが落ち込んでも、自分がやってきたことを可視化しておくと、少しは慰めにもなるし、きっといつかこの日々が報われるときが来る、と信じる気持ちにもなります。あと1ヶ月でどこまでいけるかわからないけれど、諦めずに積み重ねていきます。そもそも年末投稿で「今年も英語をまともにやらなかった」って毎年書いてきたんだから、毎日英語に触れていること自体大成長だ。(←自分を鼓舞するしかない)

 

そんな1ヶ月でしたが、やはり今月のハイライトは「旅」かなぁと思うので、各国を見ながら思ったことや劇場体験を通して感じたことを書いてみようと思います。そして、最近SNSは旅の投稿ばかりで「バレエ・ダンス大好きおばちゃん」みたいな見え方になってしまっていると思うので、何でこんなに芸術に触れているのか、という私の狙いも少し書いておきたいと思っています。もちろん好きだからだけど、それだけじゃない!

ロシアの衝撃

とりあえずロシアの衝撃が大きすぎるので、まずは忘れないうちにロシアのことから書こうと思います。

正直ぎりぎりまで行くかを悩みに悩み、家族とも散々相談しましたが、色々なタイミングが奇跡的に重なり、私には今ロシアに呼ばれているような感覚がありました。何があってもおかしくない、というリスクを感じる以上に、このタイミングを逃したらずっと行けないかもしれない、そんな気持ちが募り、周りにいらっしゃるあらゆる方の協力のもと、万全の備えで行ってきました。結果何事もなく元気に帰ってこれたし、私にとってはがらっと考え方が変わるような経験もあり、やっぱり行ってよかったな、と心から思います。

 

ここからは現地の衝撃を少しだけ。

現地の衝撃その1。ネットが通じない。スマホがないと生きていけない時代に、初めて行く都市でネットが繋がらないことはとにかく不安でした。スマホ片手に旅行するなんてつい最近始まったことのはずなのに、スマホがいかに生活習慣をドラスティックに変えてしまっているかを改めて実感する出来事でした。

ロシア国民や長期滞在者しかSIMを買えないので旅行者は街中でネットが使えないのですが、現地SIMを入れていてすらMapがバグって、ローカルの方による道案内も一苦労。ちなみに、当然Google Mapは使えないので、ロシア現地用のMap Appをインストールしています。ホテルにはwi-fiがあるので、VPNを繋げばInstaはじめとするアメリカ企業系のサービスも使用できるのですが、VPNを繋いでも英語で投稿しようとすると、バグったロシア語が出てきて投稿できないという徹底ぶり!そんななか、カカオトークだけはVPNを繋いでいなくても連絡を取れるという謎…。これからますますVPNは制限がかかるようですが、どうなっていくのでしょう。

何度見ても面白いスタバもどき。モスクワの街はこういうアメリカブランドの類似ブランドであふれている。

現地の衝撃その2。アメリカ企業もどきばかりの整然とした街。不思議な光景だったのは、街中で企業広告を1枚も見かけないこと。電車や駅の中、ビルの看板など、日々無意識に大量の広告を目にしている私たちですが、ロシアにはいずれもありません。がちゃがちゃした広告の雑踏もなければきらびやかなネオンもない。一見すっきりとして整然としていますが、街中には広告の代わりにプロパガンダが。そして、特にアメリカ企業が軒並み撤退していて、マックもスタバもケンタもそれっぽい現地企業に変わっている。売っているものは似ているのでパチモンばかりの国のように見えてしまうのですが、アメリカ製品をこんなにも見ない日は初めてだったかも。さらに、戦勝記念日が近かったこともありますが、どこに行っても大量の警官が配備されていました。ゆえに、スリなどの危険を一切感じない街であり、とても安全感がある一方で、常に監視されているようでやはり怖い。

 

モスクワのような大都市であれば、当然たくさん人がいて、上記のとおり街中はある意味安全で美しく、公共交通機関は時間通りに数分単位で来る。日常は驚くほど普通に紡がれています。けれど、滞在中もエカテリンブルグにドローン攻撃がありましたし、きっと色々なところで危険はいつも身近にあります。潜在的な緊張感は常にありつつも、ぱっと見は平然としている…こんなに日々の暮らしに表裏があって違和感を感じる国は、生まれて初めてでした。

青が素敵なモスクワ音楽劇場。語彙力ないけど色んな意味ですごかった。

各地の劇場が醸し出す雰囲気

そんな中、ロシアの劇場空間も比較的日常空間の延長で、もちろん華やかな服装の方もいらっしゃいましたが、ちょっとしたお出かけという感じで日常の楽しみの1つという感覚。ほぼどこかしらで毎日公演があるのに、写真のとおり地元民で満席です(ほぼ旅行者はいないはずなので…)。それだからこそ、舞台上に広がる異空間が強調され、研ぎ澄まされた芸術性と鍛え上げられた肉体による表現力は圧巻でした。動きの1つ1つを見るたびに痛々しいほどの鍛錬がびしびし伝わってきて、このやり方は今の西欧ではとても許されないな…とかなり貴重な世界を見た感覚でした。ダイバーシティ・コンプライアンス・ガバナンス、あらゆる時代の潮流が文化にも押し寄せるなかで、今のロシアバレエの在り方が正しいとは言えないけれど、正しさが時代によって相対的であることを前提にするならば、このバレエはやはり1つの完成形だろうとも感じました。

芸術に携わる者である一方で弁護士という職業を持つ私にとっては、非常に複雑な思いを抱える鑑賞経験でしたが、その美はまさしく究極で、この国の美への執着や狂気も感じたところです。とにかくすごかった。

 

一方ミュンヘンでは、どうしても見たい作品のためにチケット売り切れ情報を無視して現地に向かい、最終的には劇場前で開演20分前にようやくチケットをゲットしました。優しい母娘にチケットを恵んでもらったこともあって、何より劇場と取り巻く環境あたたかな雰囲気が印象的でした。開場に至るまでの時間、何回もボックスオフィスに立ち寄り、戻りチケットがないか聞いていたのですが、「劇場前に立ったら誰かがくれると思うよ」と言われるんですよ。日本人としてはダフ屋を想像するし、公式ボックスオフィスの人がそんなこと言うの?と驚いたのですが、ある意味大らかだし、私にチケットを売ってくれた母娘も、ただの善意で「娘の友達が風邪で来られなくなっちゃったのよ~」ともちろん定価でチケットを売ってくれました。ちょっと素敵なお出かけを分け隔てなくみんなで楽しみましょう、という雰囲気で、劇場は地域のコミュニティが形成される場所であると感じました。

ミュンヘンから行ったノイシュバンシュタイン城からの眺め。ノイマイヤー版白鳥の湖を観たくなる景色。

これと真逆な雰囲気なのがイギリスのロイヤルオペラハウスで、近年デジタルチケットやマーケティングのシステムが変わったようで、電子チケットは購入者にさえ開場直前まで表示されない仕組みです。当然劇場前に紙を持って立っている人を今まで見たこともないし、しっかり盛装されている方も相対的に多く、権威的でエリート層の嗜みとしての舞台芸術、という世界観を意識的に醸成していることを強く印象づけます。ただ、イギリスは、劇場文化の幅がとても広いので、もちろんもっと敷居の低い劇場もたくさんあって、むしろ劇場文化の裾野は広いと思いますし、ロイヤルオペラハウスは敢えてこのポジションを取っている、と感じます。この国でバレエ・オペラを世界一流に引き上げようとするならば、ロイヤルの冠を戴き、権威性を全面に出していくことが必要だっただろうと思いますし、その中で人材育成とダイバーシティを絡めながら独自のポジショニングで確固たる地位を築いていることは、大英帝国に通ずる経営感覚を感じます。

オランダの4月といえばチューリップ!キューヘンホフ公園に行きました。

そんなわけで、各国で「劇場文化」といってもそこには歴史が投影され、その国の文化が色濃く反映されていますが、対して日本の劇場はどうでしょうか。運営の仕組みも観客の育成もこれを維持するための財源も、圧倒的に不足しているように感じます。先月会ったオランダはNDTに40年通うおじいちゃん、ロシアで日々の楽しみの1つとして劇場に訪れるご夫婦、ミュンヘンでチケットを譲ってくれた母娘、イギリスで優美に着飾るご婦人、それぞれがそれぞれの思いを持って劇場に来て、公演を楽しみ、思い思いの評を語りながら帰途につく、そんなことの無数の繰り返しが今に連綿と続いていると思うのですが、この環境を維持する根本的な仕組みと、観客が劇場体験を通じて何を感じ継承していくのか、という本質的な感性の育みが、日本における、特に西欧舞台芸術の歴史ではなかったのかもしれません。そもそも西欧とは文化・思想の出自が全く異なる国なので当たり前なのかもしれませんが、そのような土壌の中にある日本のバレエ・ダンスをどう定義し、どのように維持していくのが良いのかは非常に難しい問題だなと改めて思いました。

感性と仕組みを接続する

今欧州にいて、最先端のダンスが身近にある幸せな環境のなか、自身の知識と感性のアップデートのためにせっせと舞台に通っているわけですが、今後私はこの経験を使って新しいダンスをプロデュースする、などダンス・バレエ界のど真ん中、アートサイド側で活動することを企図しているわけではありません。私の仕事の基盤はあくまでもビジネスサイドにあるので、いま積み上げているこの大量のインプットを社会・ビジネスに生かすことを日々黙々と考えています。

 

これまでは、法律を主軸に、経営・舞台芸術まで含めた複数の領域の経験値を上げてきましたが、今後はおそらくこれらを単に並列に扱ったり、これ以上領域を増やして発散したりするのではなく、「創造性・感性・身体性を社会に接続する」という一つのテーマのもとでこれまでの活動を統合していくことになるのかな、と考えています。
私はこれまで、弁護士として個々の制度やガバナンス・コンプライアンスに向き合いながら、同時に舞台芸術の現場にも関わってきましたが、MBAで経営や組織論を学ぶ中で、創造性や感性・身体性を社会の中でどう支え、実装し、継続可能な形にしていくかというテーマへの関心がより強くなっています。

 

今後は、「感性と仕組みを接続する」という視点から、アート・身体性・リーダーシップ・AI・組織・ガバナンスといった領域を横断しながら、自分にしかできない新たな取組みを考えていきたいと思っています。特に、舞台芸術の現場で培われる身体知や非言語コミュニケーション、集団創造のあり方を、企業組織やリーダーシップ、人材開発の領域に応用することに大きな可能性を感じています。また、芸術を「鑑賞の対象」として扱うだけではなく、社会や組織、人間理解のための重要な知として捉え、その価値を経営や制度設計の中にどう位置づけられるかを探究していきたいとも考えています。

このあたりの考えはまだまだ未熟なのですが、あと1ヶ月をかけてもう少し深め、何かしらの形にできるようにしていきたいと思っています。次ブログを書くのは帰国前か~と思うと寂しいです!

 

March 2026_オランダで2週間暮らしてみて日本人として感じること

オランダ代表のチャリとミッフィーを掛け合わせるとこうなるw

オランダはロッテルダムに来て、はや2週間。目に触れるものすべてが新鮮できょろきょろと見渡していた時期を越えて、少しずつこの環境が日常になりつつあります。
ロッテルダムは、第二次世界大戦中、ドイツ軍に市街地を徹底的に焼き払われましたが、その後敢えて歴史的な景観を復元しなかった都市です。先進的な都市計画とモダン建築のおかげで現代的な街並みが広がり、ヨーロッパ最大の港湾都市として重要な機能を有する一方で、アムステルダムに比べたら規模は小さく、良い意味で田舎。人々は優しくのんびりとした空気が漂っています。自称シティガールを標榜する私としては物足りなくなることもあるけれど(笑)、そのゆっくりとした空気に身を任せて内省するのが心地よい、そんな場所です。

 

とはいえ、新しい場所で生活の基盤をつくることは結構疲れる作業でもあり、初めはアドレナリンが出て元気モリモリだったのが、少し慣れて風邪っぽくもなり、そしてここ数日でやっと自分のペースがつかめてきたような気がします。海外に暮らすと自分の嫌なところばかりが見える、というのも毎度のことで、この2週間は落ち込むことも多かった。でもそんな気持ちもせっかくだから忘れたくない、ということで、ロッテルダムに来てから思っていることを記録していきたいと思います。

今英語を学習する意味

とにかく自分の英語に絶望する毎日です。学生時代に真面目に英語に取組まなかったころから貯め続けた負債は、一体いつになったら完済できるんだろう…。今でこそ日常生活のリスニング・スピーキングに不安はないものの、アカデミックな場で、自分に親和性がないトピックでのリスニングは今でも苦手意識があり、さらにスピーキングとなると、授業開始直後の今は全然だめです。
でも、あえてそういう場に身を置くために留学に来たわけで、「全然できない」と絶望すること自体も想定の範囲内。「できない」「もうやだ」と感じることは至って順調なのに、そのことを忘れてついついマイナスな気持ちに引きずられそうになるけれど、ここからどう動くのかが一番大切と言い聞かせる。とにかく小さなことでもアクションして、1つずつ積み上げてそれを可視化し、前進のプロセスを記録することで気持ちを維持するようにしています。

3月のハイライトはラストゼミ旅行!あとは論文出せば完了です。

よく言われることですが、英語をビジネスに使おうと思ったら1000時間くらいは学習時間が必要なのだそうです。私の場合は、英語に関してはこつこつ積み上げるのが苦手で(だって面白くない…)、これまで英語学習の機会は多々ありながら、毎度本腰を入れず、何度となくごまかし続けてきました。そして、結局必要な勉強時間を確保せず、上達に対して遠回りをしているという悲しい結末。とはいえ、いい加減克服したいし、もっと海外の仕事を増やしたい気持ちもある。6月末には、伝えたいことを今よりは英語で伝えられて笑顔で授業に臨んでいる自分をイメージしながら、1人の時間は精一杯英語に触れ、腰を据えて学習していきたいと思います。来月のブログのころには少しは変化が表れていますように。

 

今後AIがどんどん有能になるにつれ、英語を身に着けることの意味はなくなっていくのかもしれないと思っていたけれど、オランダに来て、目の前にいる人と心を通い合わせるコミュニケーションをするために、やっぱり私は英語を身に着けたいなと強く感じました。劇場で同じ作品を観るお隣のおじいちゃんとストレートに感想を言い合いたいし、日々困っているときに助けてくれる人たちにも「Thank you」だけではなくきちんと自分の言葉でお礼の気持ちを伝えたい。AIによっていろんなことが簡単になっていく今だからこそ、反復練習や淡々と継続する経験そのものの価値も上がるように思います。

 

まぁ理由はいろいろつけてみたものの、とにかくやるって話です。それが、家族や仕事仲間、取引先の方々などこの留学を許容してくれた周囲の人たちに対しての一番の恩返しだと思っています。

Erasmus Universityの教室は椅子の色がかわいい。

苦手なことが浮き彫りになる外国暮らし

それにしても、外国に来て一番苦手なのは友達づくりです。日本語なら全然大丈夫だし、むしろ「はじめまして」の方に会うのは新しい世界が広がって大好きなのですが、英語となると別人になる…。英語で学校の友達と初めて話すのが本当に苦手。

スピーキングに苦手意識があるから、といえばそれまでだけど、そんなの気にせず世界中で友達をつくれる人は世の中にたくさんいるわけで、どちらかというとプライドが邪魔していたり、自分のコミュニケーションに自信がなかったり、一言で言うと人見知り全開。でも旅行中に出会う人とお互いの母国の話をしたり、劇場で隣に座った人と話すのは好きだったりもして、どこでスイッチが切り替わるのかは我ながら謎です。

 

友達がつくれない自分が前面に出てくるのはなかなか嫌なものだし、今日も友達とうまく話せなかったと自己嫌悪になる日々ですが、言語が不自由だからこそ出てくるそんな自分を感じながら、どういうときに苦手が顔を出してくるのかを自分でも確かめているところ。そんな簡単に性格は変えられないし、無理に仲良くなろうとする必要はないのだろうけれど、帰ってから後悔だけはしないように、と思っています。

与えられた機会に丁寧に向き合う

3月最後の日曜に、アムステルダムまでオランダ国立バレエ団の公演を観に行ってきました。演目は「ラ・バヤデール」で、白鳥の湖などに代表されるロシアバレエの特徴を詰め込んだ古典中の古典。オリジナルの演出は当時のヨーロッパのオリエンタリズムが爆発した古代インド風で、多くの改訂版でもこの世界観が維持されています。一方、オランダで上演されているバージョンは、よりリアリスティックで、ヨーロッパとインドが交易を深めた17世紀以降から19世紀くらいに時代を移した演出でした。

 

一般的なバヤのイメージとはかなり違うので驚きつつも、ある意味とてもオランダらしい。まだオランダに来て長くないけれど、小国がゆえの生存戦略もあって、先進的な取組みに対する許容度が高い国と感じます。完全循環経済社会を本気で目指し、欧州最大規模のグリーン水素のプラントを建設しているなど、新しい産業や経済構造そのものにインパクトを与える実験的な取組みに早い段階から手を挙げる国です。バレエも、時代によって変化したり、今の観客に合わせた実験的な試みが不可欠だと感じていますが、アムステルダムで見た新しい演出は、オランダらしさを存分に感じさせるものでした。

 

また、海外に来ると、ダンサーの踊り方や舞台への向き合い方からもその国らしさを感じます。バレエはメソッドがあり、古典作品の場合は振付も近く、ある程度の制約があるからこそ特徴が際立つのが面白い。オランダのバレエの良いところはなんといってもダイナミックであること。背が高いダンサーが多いこともあり、体で描き出せる空間そのものが大きく舞台が狭く感じるほど。

オランダはやっぱりコンテの方が気質に合うのだと感じた。NDTの本居地Amare好き。

一方で、合理性の気風ゆえなのか、舞台が日常化しているからなのか、細かい部分での粗が目立ちます。何事も8割まで持っていくのと81%から100%まで持っていくのとでは、大変さが違うと言いますが、日本人は良くも悪くも99%でも完璧ではないと思う傾向にあると思っていますし、バレエにもそんな雰囲気が見て取れます。そんな日本人の目で見ると、もう少しやりきれるんじゃないかな、とかあとちょっと手先まで気を遣ってほしいな、とかそんなことを思ってしまいました。

 

最近よく「美」について考えていて、美とは信念にも近い概念だと思っているのですが、今回オランダのバレエを見ていて感じたもどかしさから、私の思う美には「こだわり」という要素もあるんだなと気づきました。最後の1ミリまで妥協したくない、と本気でバレエに取り組んでいたときは思っていたし、今もバレエを見る時は細部に目がいきがちです。そうやって極限までこだわり抜いた至極の踊りを見た時に、深く感動を覚えます。

 

他方、自分の仕事のことを考えてみると、細部にこだわるよりも大局的な判断や直感的な洞察が得意で、細かいことには苦手意識を感じてきました。ただ、それって本当に苦手なことなんだろうか、と今回の舞台から派生して思うに至りました。例えば、自分の別の気質として、好きなこととそうでもないことがハッキリしている、という部分があるので、あまり興味のないことに取り組んでいることで、細部にこだわれないだけなのではないか、とか。あるいは、常に必要とされないと不安を覚えるので、ついあれこれ抱えすぎていることで物理的にこだわる時間を取れないだけなのではないか、とか。「できない」のではなく「できなくしている何か」があるだけで、本当はもっとこだわりたいのかも?だから、今までは何をやっても何もできていないように感じるのかもしれません。

少しずつ自分が本当に興味のあることだけに向き合える環境を整えてきた今だからこそ、自分の承認欲求はぐっと抑えて、目の前に与えられている機会に丁寧に向き合っていくことが、今の自分にとって大事にすべきことなのかもしれないな、と感じたりしました。

 

新年度が始まり、ようやく仕事も含めて新しい生活が始まったなかで、改めて物事への向き合い方、人への向き合い方、人生への向き合い方を見つめ直しながら、日々を大切に生きていきたいと思います。

 

February 2026_オランダ渡航前のもやもやと私の現在地点

2月の一番の思い出といえばtimelesz!ツアーライブ初体験!

怒涛の修論からはや1ヶ月以上…。少し暇になったはずなのに、自分のやりたいことはなかなかできなくて、でもいま整理しなければいけないことが多いのは、新しいフェーズの準備でもある、そんな毎日です。3月途中からは生活が激変しますが、ロッテルダムに行く前に改めていま考えていることや、これから頑張ることを整理したい。自分の頭にもやがかかっているような状態が続いているので、とりとめもない感じになりそうだけど、まずは書き進めてみよう…

と思ったのが2月の終わりでそこからさらに半月。筆が重たい日々を過ごしていますが、とにかく生活が変わる前に書きたい、ということで、まずは書いてみる。

追記:そして、結局最後の執筆時間だったフライトは存分に寝てしまい、結局オランダはハーグにて書き上げた笑 でもこちらに来て、少し精神的余裕ができた方が書けることが増えた気がするので良しとする。3月分をまたすぐに書きます!

+B一周年

2025年3月10日、新しい会社+B(プラスビー)を設立しました。バレエ(ballet)にビジネス(business)をプラスし、ビジネスにバレエをプラスする。具体的な事業よりも先にコンセプトを先にイメージして形をつくることから始めた会社で、私たちがやってきたこと・私たちがこれからやりたいこと・私たちにしかできないことをイメージして社名をつけました。とはいっても、1年間は結局+Bとして明確に何かプロダクトやサービスをつくって事業を始めたわけではなく、目の前にある状況や機会を必死に乗りこなして3月10日で一周年を迎えました。2025年のめまぐるしさから一呼吸つき、今年はもっと前のめりのこの会社の事業を動かしていきます。

 

この会社を一緒に建てた関巴瑠花とは、毎週1回のインスタライブと、その後時間が許す限りミーティングをしているのですが、この1年間はお互いを理解する時間に大半の時間を割いてきました。はるちゃんとは、境遇や考え方、趣味嗜好がよく似ている部分がたくさんある一方で、性格的には全く異なっている部分もあって、協働と補完がいっぺんにできる稀有なパートナーです。とはいえ、実は知り合って長いわけではないので、相手が何を思っているかを心の底から理解する時間は、今後大きなことをやっていこうとしている我々にとっては必要なプロセス。それぞれに別の仕事があり家族もいて(とはいっても私は家族に時間を割いているかというとそういうわけでもない苦笑)、思うように時間が取れなくて自己嫌悪になったり、こんな頭でっかちなことばかりやってないで早く手を動かしたら、と思うこともあるけれど、これがはるちゃん流のコトの進め方でもあります。

 

特に私にとって、はるちゃんとの会話は、はるちゃんが何を考えているのかを理解すると同時に、自分を知る時間でもありました。一緒に仕事をしている相手から強い影響を受け、その人の期待に応えたい私は、関わりが深ければ深いほど相手の考えに共感し、同質化し、自分の考えと相手の考えの境目がなくなっていく傾向にあります。受託産業である弁護士という職業柄、ある程度必要なスタンスでもあるけれど、私の場合はもっと根深く、自分でも合わせているのか本当に自分の思いでやっているのかがわからなくなってしまう。
でも、すっかり自分がその気になっているつもりでも、自分の気持ちが心の底からやる気になっていないと成果が十分に出せない、そこでようやく相手に合わせていることに気づく、なんてこともしばしばでした。

 

そう気づいてからはより自分の心の赴く方へと歩みを進め、さすがに最近は好き放題やりたいことをやっているので、あまり気持ちが乗らないということはないのですが、はるちゃんとの仕事は自分が元々大好きなバレエの領域で、しかも考え方が似ているからこそ実は考えが引っ張られがちでもあります。一方ではるちゃんも私の言語化に引きずられてしまうこともあって、それがわかってからは、違和感がないかを常に聞いてくれるはるちゃんの姿勢と胆力はとてもありがたかったし、私も改めて自分の思いや信念を考える貴重な時間になりました。

あきらめたくないこと

日々のはるちゃんとの会話と同時並行で修論プロジェクトが進んでいくなかで、さまざまなバックグラウンドの方々に沢山インタビューさせていただき、それに乗じてバレエの世界の今後についていろいろなアイディアをもらい刺激を受けてきました。その中で多く言われることがバレエを広げたいならもっと親しみやすくすべし、ということで、「お高くとまるな」ということを(もう少し柔らかい口調ではあったものの笑)はっきり言っていただくこともありました。確かにそのとおりで、非言語やクラシックなど今を生きる私たちから遠い要素の多いバレエをより多くの方々に知っていただき、見ていただき、そして好きになってもらうためには、もっとバレエをエンタメとして誰もが楽しめるフォーマットに近づけていくことが正攻法だと思います。

 

ただ、まだ言語化は不十分なのですが、もしこれを自分が本気でこれに取組むのならば、めちゃくちゃかっこよく美しくやりたい。バレエに色々な特徴はあれど、私は「究極の美を追求する身体芸術」であることが一番の特徴であると思っていて、そこに何等かのアクションを起こしてよりエンターテイメント性を持たせるとしても、どの部分を切り取っても「美しくある」ことに対して決して妥協してはいけない、というのが私の意見です。

そういう考え方そのものがバレエの可能性を狭めると言われてしまえばそこまでかもしれないけれど、やっぱりそこにはこだわりたい。自分が魅せられたバレエに対して一点の曇りもなく自信を持って取り組めることをやっていきたい。現在に残るバレエは数百年の時を経てすでに完成されていて、メソッド・振付・音楽といったバレエを形作る重要要素とこれを取り巻く環境はある意味最適化されています。もちろん時代は変わり、人々の感覚も身体能力も変化していくなかでバレエそのものも少しずつ自ら変化しているのですが、能動的に手を加える者は、イノベーティブなアクションであってかつバレエの本質にある美を壊さないことに細心の注意を払うべきだと思っています。

ルックバック展を見てなぜ私がバレエにこだわるかを考えたくなった。

また、エンターテイメントの話をすると、常に芸術性と経済性が二項対立関係として語られ、いずれかを取れば他方を失うトレードオフの関係と言われがちですが、どうせやるなら両取りの世界を実現したい。これも私の強い思いの1つです。どちらか一方だけでは結局サステナブルにバレエの興行を続けることはできないわけで、両者が成り立つ世界戦を仕掛けて実現すること、それが私のミッションであるとも思います。

とはいえ、そんな理想論を掲げているだけでは結局言っていることを何1つ実現できなさそう…という一抹の不安を抱えながら2月を過ごしていたのでなんだか悶々としていたのですが、+Bのグループ全体での位置づけを変え、バレエにどう関わるのか(逆にどう関わらないのか、ともいえる)、大きな絵をどのように描くかを整理し、少しずつ前に進んでいるように思います。そして、そもそも既にそれなりに形になっていることも改めて実感できて、このあとは淡々とスピードを上げて駆け抜けるだけのかなと思えるようになってきました。またきちんと文章化していきますが、ここ5年が勝負のときなので、+B2年目は2年目なりの新たな気持ちをもって、日々やるべきことを積み重ねていきたいと思います。

銀座和光の時計台を特別な場所から見させていただいた…!感謝。

自ら機会をつくりだし機会によって自らを変えよ

色々なことを考えながらも、結局は目の前のタスクに時間と意識を取られることも多く月日は飛ぶように過ぎていき、年齢的にこれで良いのかとふと心配になることも多々あります。いつまでも夢や理想を追っていて、結局は何も成し遂げられないのではないか、と不安になることもあります。けれど、信念を持って打ち込んでいることがあると、経験豊かな大人の方々が「こっちだよ」とぐいっと引っ張りあげてくださるものなのだな、と感じることも多い今日この頃です。

今いただいている有難い機会の数々は、私の思いを知って手を差し伸べていただいているものばかり。そして困ったりあたふたしたりしているときに、私に重くのしかかっているものを人生の先輩方が軽々と取り除いてくださること、そして自分なりにできることを懸命にやりきったときにいただける感謝の言葉に支えられて、今日も生かしてもらっています。そうやっていただいた1日1日を邁進し、成果を残していくことがまた明日につながると信じてオランダでも過ごしていたきたいと思います。

大好きな家族のような仲間と久しぶりに笑い転げたのも2月!こういう時間があるから頑張れる。