
じっとりと湿気のある成田空港に到着して思わず「日本だー」と呟いたのも束の間、帰ってすぐに修論の締切りがあったので、まずは直すと決めたところの修正を行い、読み進めるなかで突っかかりを感じなくなるところまで何度も推敲。書き上げたところから半年あったのに、「結局ぎりぎりだよな」と苦笑しつつ、ようやく提出することができました。やりたいことはやりきった清々しさを感じつつ、その後も何となく浮き足だったまま帰国を理由に色んな方にお会いしたり、時には自分に向き合ったりしながら、あっという間に一週間が経過しています。日本に帰ってくると、ホームに帰ってきた安心感がある一方で、体や感覚にはまだヨーロッパが残っていて一番、一番鮮やかに日本とヨーロッパの違いを捉えることができる。そのうちあっという間に日本に馴染んでしまうのだけれど、違和感を見つけて理由を探るのが好きな私にとってはゴールデンタイムです。海外で過ごして日本に帰ってくると、日常に戻るのか、と寂しくはあるけれど、自分が日本に戻っていく感覚を味わうのが面白いと感じる今日この頃です。
そんな感覚を研ぎ澄ます日々からも一息ついてしっかり日本人に戻りつつあるいま、自分の中のヨーロッパが記憶の箱にしまわれて取り出せなくなってしまう前に、いまの思考の現在地を記したいと思い、今月は留学の総括文化編を書いていきたいと思います。3ヶ月と10日の今回の旅を通じ、沢山の舞台に出会いヨーロッパのダンス・バレエに触れてきた今の感覚は、私のダンス・バレエ観の現在地であり、今後の自分のアクションの指針になるとも思っています。そんなわけで、結構たっぷりと書くことになりそうで、本日納豆の日7月10日、書き上がるのはいつになるのか、という感じではありますが、早速いってみよう!

それからあっという間に時は過ぎ、書き終わったのは24日。
7月23日にやっと本チャンの審査会(1月にも公開審査会に参加したけど、私だけ評価なしのリハーサルでした。)を終え、修論プロジェクトが完結しました。この論文は、入山先生から言われた「やりたいことから逃げるな」の一言に歯をくいしばりながら、ダンス・バレエやアートの世界における自分の役割を捉え直す旅でした。これからは、このプロセスで得た無数の学びを糧に成長した自分の力を社会に還元していきます。ゆっくりじっくり考えることの面白さに気づけたのも修論があったからこそ。今回のブログは、ここから始まる私の新しいチャプターの指針。今考えていることを全部出し切って、リアルに残していきたいと思います。
今回の旅のアート鑑賞結果報告!
せっかくなので、オランダ滞在期間中に経験したアートを一覧にしてまとめてみました。ダンスやバレエを中心に、オケや絵画等も含めてヨーロッパ各地を飛び回れるからこその贅沢な経験を積むことができました。
3/20 マウリッツハイス美術館 @ハーグ inオランダ
3/27 NDT2 "I dreamt, it was" (Kill Your Darlings & SAABA) @ ハーグ in オランダ
3/29 オランダ国立バレエ団「ラ・バヤデール」@アムステルダム in オランダ
4/4 ミュンヘン・バレエ "WAVES AND CIRCLES" (Blake Works I, Megahertz and Boléro) @ミュンヘン in ドイツ
4/14 オランダ国立美術館 @アムステルダム in オランダ
4/24 バレエ「えんとつ町のプペル」2024年公演映像 @モスクワ in ロシア
4/25 モスクワ音楽劇場バレエ団「エスメラルダ」 @モスクワ in ロシア
5/1 英国ロイヤル・バレエ団 "Wayne McGregor: Alchemies" @ロンドン in イギリス
5/2 ミュージカル「トトロ」 @ロンドン in イギリス
5/2 "AUGMENTED: Dance powered by MAM+AISOMA" @ロンドン in イギリス
5/3 "Breakin' Convention 2026" @ロンドン in イギリス
5/4 英国ロイヤルバレエ団「マイヤリング」 @ロンドン in イギリス
5/7 "Rosas danst Rosas" @ロッテルダム in オランダ
5/9 オランダ国立美術館、レンブラントハウス @アムステルダム in オランダ
5/10 ゴッホ美術館 @アムステルダム in オランダ
5/21 「ジゼルのあらすじ」 @ユトレヒト"Spring Festival" in オランダ
5/22 NDT2 "I dreamt, it was" (Kill Your Darlings & SAABA) @アルクマール in オランダ
5/23 "campfire" @ユトレヒト"Spring Festival" in オランダ
5/23 オランダ国立バレエ団ジュニアカンパニー & ISH Dance Collective "GRIMM” @ハーレム in オランダ
5/24 "To Carthage then I came" (Romeo Castellucci & Scott Gibbons) @ブリュッセル in ベルギー
5/27 Multi Layered Body “Animal” @パリ in フランス
5/30 英国ロイヤル・バレエ団「リーズの結婚」 @ロンドン in イギリス
5/30 韓国国立現代舞踊団 "Voyage" "Hakko" @ロンドン in イギリス
6/12 コンセルトヘボウ管弦楽団 (Fabio Luisi - conductor) @アムステルダム in オランダ
6/16 JR "La Caverne du Pont-Neuf" @パリ ポン・ヌフ in フランス
6/16 装飾美術館 @パリ in フランス
6/17 オルセー美術館 @パリ in フランス
6/17 Foundation Louis Vuitton @パリ in フランス
6/17 パリ・オペラ座バレエ団「ラ・バヤデール」 @パリ バスティーユ in フランス
6/18 トーンハレ管弦楽団(Paavo Järvi - conductor) @チューリッヒ in スイス
6/21 ゴッホ美術館 @アムステルダム in オランダ
6/27 ピノー・コレクション @パリ in フランス
6/27 パリ・オペラ座バレエ団"VIBRATIONS" (Dreams This Way, Solo for two and The Seasons’ Canon) @パリ ガルニエ in フランス

今回の旅は、特にコンテンポラリー・ダンスをできるだけ多く吸収したいと思って意気込んで日本を出ましたが、ヨーロッパはもはやどこのバレエ団もクラシック・バレエとコンテを半々くらいの割合で上演していて、加えてコンテ専門のカンパニーやフェスティバルもあるので、自然とコンテを観る割合が増えました。むしろクラシックの作品が思ったより観られなくて残念でしたが、「見逃した!」という公演は少なく、改めてコンテの公演の多さをひしひしと感じることとなりました。
これまで、バレエを35年以上観ているのに対して、コンテを本格的に観るようになったのはコロナ前くらいからで、私にとっては鑑賞慣れの程度に大きな隔たりがありました。バレエもダンスもそうなのですが、やはりまずはある程度量を観ないと面白さが自分の中で立ち上がってこないもので、コンテはずっと少し遠い存在と感じてきました。けれど、今回「あれも観たい、これも観たい」とあっちこっちに出向くなかで、いつの間にかぶわっと感性が広がったような気がしています。バレエに関しては技術が身体感覚としてわかるので、テクニック先行で観ている部分も多いのですが、コンテは身体の馴染みが少ない分、より感覚的なところで体感していることも多く、コンテの鑑賞経験の増加がその他のアートの鑑賞時の感性を豊かにしてくれているようにも感じます。
また、公演をきっかけに様々な都市と劇場を訪れることができるのも楽しいところ。旅行をしてその土地の歴史と雰囲気を見るのが大好きなので、本当に幸せな3ヶ月でした。
アートの中心はやっぱりパリ

パリには実に5回も足を運んでいて、そのたびに様々なアートに触れる機会を得ました。なぜなら、観たい舞台や建築、絵画などの作品で溢れていて、パリという都市そのものがアーティストを強烈に惹きつけているから。
今回、パリでは現役のコンテダンサーの方や現地で長くダンスやバレエを鑑賞していらっしゃる方々のお話を伺いましたが、フランスでは、フリーランスアーティストは年間507時間以上働くなどの条件を満たせば、契約のない期間に失業給付を受けられる仕組みが確立しています(しかし、この「507時間」という基準は常に論争の対象になっているようで、引き上げるか維持するかで何度となくストライキが起きているそう。さすがフランス)。また、国立バレエ団のダンサーなどは雇用契約に基づく従業員としての社会保障を受けられるのはもちろんのこと、フリーランスのダンサーであっても医療保険や基礎年金、傷病時の所得補償の対象にもなっていて、手厚い社会保障が整備されています。
これだけでも、アーティストがパリに集まってくる理由がわかりますが、さらには劇場やダンスハウス、地域文化施設といった多様な場所で相当な人数のレジデンスアーティストを継続的に受け入れていて、研究・実験・制作を支える統合的なプログラムを通じた資金提供がなされています。つまりは、文化が花開くことを必然にするだけの「創造し続けられるエコシステム」が完成しているのがフランスなのです。

国とアートの関わり方ーフランスと日本の比較ー
日本からしたらうらやましくて仕方がないフランスのアーティスト向け社会保障ですが、アートを国家として支える仕組みは歴史的な経緯が色濃く反映され、一朝一夕でできあがったものではありません。なので、かつてはフランスの制度を少しでも日本で取り入れられないか、と考えていた私も、今となっては先人の努力と歴史のうねりの中で培われた背景を加味せず、今の制度という結果だけを見て日本も真似てほしいと望むことは、ナンセンスとすら思うようになりました。
自身もバレエを踊り、バレエを継承芸術として確立した太陽王ルイ14世に代表されるように、フランスにおいてアートは国家権威の象徴であり、フランスこそがヨーロッパ文明の中心であることを示す装置でした。そして、フランス革命後にはこれを「国民のため」に転用し、アートは共和国として民をまとめ、国家を成立させる装置となりました。常にアートはフランスらしさとは何たるかを具現化する1つの手段だったのです。バレエでいえば、確かな個性のある気品高いオーケストラの音色、そして音をたっぷりと使った余裕と余韻が残る上品なバレエの動きは、(実際どうかはさておき)誰もが思い描くフランスの薫りそのもの。そうやって国家がアートをつくり、国民に広く届け、そしてアートを通じて国民としてまとまっていく、そんなことを繰り返してフランスという近代国家のアイデンティティが形成されていきました。
その精神は、1959年にシャルル・ド・ゴールがアンドレ・マルローを「文化担当国務大臣」に任命し、国民教育省等にあった文化関係部門を文化省として独立させたことに引き継がれ、国が文化の創造・普及・保存を一体として担う現在の政策に脈々とつながっていくのです。

一方で、日本はというと、フランスの「国家がアートをつくり、国民に返すモデル」に対して「社会や市場がアートを生み、後から国家が保存するモデル」。
歌舞伎でも、浮世絵でも、キャラクターでも、アートは国家が供給しなくても、興行主、版元、師匠、観客、ファンによって支えられ、国家の関わり方は、ハコの建設と社会風俗の管理監督、そして出来上がったアートを保存することが中心になりました。この民間から自発的に生まれる多様な文化は、単一民族国家ゆえの感覚的同質性が民間のムーブメントをつくりやすかったということに起因していると思いますし、長らく侵略を受けていない日本では共同体が崩れなかったことも影響しているだろうと想像します。つまり日本は、フランス型の公的エコシステムではなく、民間・市場・人的ネットワーク型のエコシステムを国家が補完する形でアートを支えてきた歴史があるのです。そう考えてみると、現在の文化への公的資金の枠組みは、単純に金額だけを見て海外と比較すれば見劣りするように思ってしまうけれど、実は日本らしいエコシステムの中できちんと支えていただいていることを実感します。また、ここからさらに良くしようとしてくださっている現場の皆さんのご苦労も、直近の様々な業務を通じてひしひしと感じるところです。
このように、民間が盛り上げ、国家が保存・施設提供・部分的助成によって支える仕組みになっている日本では、明日からフランスのような制度にしようといっても土台が違いすぎて無理がありますし、他国をうらやむことよりも、歴史を積み重ねてある今に感謝し、どう未来に繋げていくかを考えることの方がよほど重要だと思うようになりました。
いま、日本は景気後退により「民間・市場・人的ネットワーク型のエコシステム」が小さくなっている部分があることも事実です。失われた30年のなかで、人間関係や社会を繋ぎ豊かにする小さな光として存在するはずのアートは、企業や個人の金銭的・精神的余裕が失われるなかで、以前よりも少しずつ遠くなっていっているように感じます。もちろん、推し活やアニメなど益々大きなムーブメントが生み出される活況の業界もありますが、いずれも趣味の個人的な世界を深めることへの投資として消費されています。
そして、それと同時に、アート業界側も、激しい社会の変化やダイナミックな市場の動きを捉えながら、個人を超えた企業・社会に繋がる新しい接点をつくることが十分にできていない点も否めません(それが悪いということではなく、時代が変わりそして体力がなくなってきているなか、社会との接点を自ら模索にしていくことは本当に難しいのです。)。アートが持つ無限の可能性を示し、「支援を求める」よりも「社会とつながり、社会に貢献できる」ことを提示して、社会におけるアートの再定義をしなければならない。私自身も、バレエ・ダンスと企業・社会をつなぎ、そしてアートを通じた豊かな時間を社会に染み込ませていくことでもっと良い世界をつくることを、これから取り組み続けていきたいと思っています。

コンテとバレエが抱える根本的な課題
社会のなかから力強くアートが生まれていく日本の弱点は、市場性の弱い現代舞踊、実験演劇、現代音楽、若手の新作などがこの枠組みからこぼれやすいこと。まさに日本のコンテンポラリー・ダンスはいまだその渦中にあります。どうやったら日本の社会の文脈に載せられるのか、非常に難解な問いをまだ誰も完全には解けていないように思います。
一方で、ヨーロッパに身を置くと、日本はいかにクラシック・バレエの公演が多いか、ということを痛感させられます。季節的にも稼ぎどきの夏ともなると、海外帰りのダンサーたちの凱旋公演も含め、毎週クラシック・バレエの公演が怒涛のように続き、もはや東京は世界中で最もクラシック・バレエを観られる場所になっています。このことは、ヨーロッパの尺度で見たら「遅れている」という評価になるのかもしれませんが、私は今回の渡航を経て、遅れているというレベルを超えて興味深く、そして驚異的と捉えるようになりました。
元来クラシック・バレエは、外来ものであって決して日本の社会の中から立ち上がったアートではありません。現に当初日本にバレエを輸入したG.V.ローシーは日本にうまくバレエを根付かせることができなかったと聞きました。あまりにも厳格なレッスンで、受講した生徒は、クラシック・バレエの探究よりももっと自由な身体表現を目指し、結果として日本のモダン・ダンスの源流になっていきます。
では、なぜ今これだけクラシック・バレエが隆盛を極めているのか。
それは、その後ロシア革命により日本に亡命してきたエリアナ・パブロワが、ロシア・バレエのメソッドを厳格に導入することにこだわりすぎず、日本社会になじむよう、日本人が好きそうな動きから教えたり、基礎練習ばかりに終始せずまずは踊りを一曲踊り終える教え方をしたことが変わり目になったようです。正確な継承よりも急速な認知拡大を一番の目的に、日本人に沿った教え方に変更したことで、エリアナ・パブロワのバレエ教室はあっという間に大人気になりました。
結果、今となっては、世界で一番バレエ教室が多い国となり、あらゆる国で日本人ダンサーが活躍する時代になりました。もとはといえば日本向けにローカライズして導入されたバレエですが、実は日本人のメンタリティに適合する部分も大きかったため、順調に発展を遂げ、いまや日本独自のクラシック・バレエがヨーロッパとは異なる文脈で展開しているようにすら見えます。とはいえ、日本バレエ界の創成期・発展期を支えた第一世代のほとんどが引退するなか、どこのカンパニーも二代目・三代目の難しい舵取りを迫られているのも事実。コンテと比較すれば踊り手の数も観客の数も圧倒的に優位なクラシック・バレエも、忍び寄る飽和感に怯えながら、次の一手をどうするのか。これもまたコンテと同等に非常に難しい問題です。

日本のコンテンポラリー・ダンスもバレエも、いままさに過渡期を迎え、次のフェーズに向かおうとしている。その大きすぎる課題に対して、まだ私の中に明確な答えはありません。ただ、ヨーロッパで観た無数の舞台と、日本に帰ってきたときに感じた感覚は、文化をつくる人と、それを支える社会との間に、まだ私が考えるべき余白があることを教えてくれました。
文化は、制度だけで生まれるものでも、市場だけで育つものでもない。人が何かをつくりたいと願い、それを受け取る人がいて、その営みを次へとつなぐ仕組みがあることで、初めて続いていくものなのだと思います。そのつながりを日本の文脈のなかでどうつくれるのか。今回の旅を終え、新しいチャプターに立ったいま、私はその問いを自分の仕事として引き受けてみたいと思っています。
これで私のオランダ旅行記は終わり、この余韻からも離れて本格的に日本に戻ります。その中で、一番大きく変わったのはヨーロッパの捉え方です。アートの世界にいるのであれば、ヨーロッパを定期的に回ることは必修科目ですが、これまでは「ヨーロッパが本場だから」とか「日本は遅れているから」との意識が根底にありました。けれど、ヨーロッパと日本ではあまりにも歴史も土壌も人も違いすぎて、単純比較することなど土台無理なのです。何が正しいのかは常に相対的で、主義・主観が変わればいとも簡単に揺らぐなかで、自分たちの外に「正しさ」を置くこと自体自分を見失っているのかもしれません。とはいえ、そう考えられるのも、バレエが急速に発展し、まずはヨーロッパと同等の実力を備えて守破離でいえば「守」の段階を突破したからこそ。ヨーロッパのバレエという舞台芸術の経営を含めた全体像の型を学び、実践し実力をつけたことで、初めて見えてくる世界なのです。ここまで弛まぬ努力と爆発的なエネルギーで日本バレエ界を牽引してくださった先人たちに心から感謝しつつ、今後は改めて母国日本を見つめながら、日本らしいダンス・バレエの発展の仕方を探究し、実行し、見届けることが、引いては社会とのつながりになり、「破」「離」のチャプターに繋がると信じています。


























