BALLET & DANCE = My LIFE

バレエのこと。ダンスのこと。

003 ラ・フィユ・マル・ガルデ

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「ラ・フィユ・マルガルデ」(以下「ラフィユ」)は、お子さんと観るバレエとして一番おすすめの、楽しくほっこりする作品です。(邦題では「リーズの結婚」とも呼ばれます)

よく子供向けとして「くるみ割り人形」が挙げられることが多いのですが、お子さんが「わぁ!」と言ってくれそうな仕掛けやお話の楽しさは、ラフィユの方が上だと思うのです。

 

実は、初演が1789年なので、最古の作品と称される「ラ・シルフィード」よりも40年以上も早くこの世に誕生しているのですが、現在まで途切れることなく続いているのは台本だけで、初演以来、音楽や振付を変え、上演する劇場ごとの「ラ・フィユ・マルガルデ」が生まれてきたのが大きな特徴です。現在最もポピュラーなのはイギリスで初演されたアシュトン版だと思いますが、初演は1960年ですから、「古くて新しい作品」ともいえます。

 

なので、歴史を追いながら進めているこのブログで、ラフィユをどこに位置づけるか悩んでいたのですが、フランスバレエの影響も色濃く受けているため、このタイミングで紹介することにしました。

 

 

歴史 - History 

ラフィユの初演は、1789年フランスのボルドー国立歌劇場でした。ボルドー国立歌劇場は、1780年に完成した劇場で、パリ・オペラ座ガルニエ宮)を設計したシャルル・ガルニエがこの歌劇場を見学して触発されたと言われるほどの、18世紀を代表する歌劇場です。

ボルドーは、17世紀後半に開かれた西インド諸島(現在のドミニカ共和国とハイチ)との交易が開花し、18世紀には未曾有の好景気を迎えて歌劇場建設にもつながったのだと思います。(貿易品目は、砂糖・コーヒー・ワインに加え、奴隷貿易も盛んだったとのこと)

 

フランス全体の歴史という意味で初演の1789年は大変重要な年で、この年に起こったバスティーユ襲撃によりフランス革命の口火が切られることになります。なんと、ラフィユの初演日は、バスティーユ襲撃(7月14日)のわずか2週間前(7月1日)だったいうことで、フランスの片田舎、牧歌的な空気感のラフィユの舞台設定とは裏腹に、大変な動乱期に生まれたバレエでした。

 

少し時代を遡ると、フランスバレエ繁栄の立役者であったルイ14世が1670年にバレエを引退したことにより、貴族が王に近づくため政治的意図を持ってバレエに勤しむことも減り、次第に職業舞踊手によるバレエが確立していきました。そして、1681年には、それまで男性で占められていた劇場でのバレエ公演に(女性の役は少年が演じていたとのこと)、ついに女性舞踊手が登場します。

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 また、1759年、ジャン=ジョルジュ・ノヴェールが、それまでのバレエの既成概念を変える「バレエ・ダクシオン」という革新的な「バレエ」の定義を唱え始めます。
 

ノヴェールいわく、バレエとは「踊られるドラマでなければならず、1つのストーリーが全体を貫く舞踊やマイムによって展開される非言語の舞台芸術」です。あれ、これって今イメージするバレエそのものでは?と思った方、その感覚は正しいです。

 

この考え方は、当時の主流だった、宮廷でときに10時間もかけて歌や朗読などとともに行われた華麗な宮廷バレエや、オペラの中の一場面として上演されていたバレエからすると、かなり急進的で、反対意見も多数あったたそうです。しかし、ノヴェールは、根気よく主張を続け、やがて彼の著書「舞踊とバレエについての手紙」は、当時のほとんどのヨーロッパ諸国の言語に翻訳され、多大な影響を与えました。

 
また、ノヴェールは、自身の主張に従い、ダンサーの表情を見せるためそれまで通常用いられていた仮面を外し、動きにフォーカスさせるため衣装改革なども合わせて行いました。これにより、バレエの劇場での見た目も、現在私たちが観ているバレエにかなり近いものになったと言われています。
 

このようなバレエの進歩過程を経て、現代につながる作品としてできあがったのが「ラ・フィユ・マルガルデ」です。「フランスの片田舎を舞台をした農民が主役のバレエ」というのは、それまでの神々や英雄を主題とする作品からは一線を画していました。市民が台頭して王政がまさに崩されようとするその時に、庶民の姿を描いたこのバレエは、大変な好評を博したそうです。 

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ラフィユは、ボルドーで初演された後、ロンドン(1791年)、パリ・オペラ座(1803年の後、1828年に振付を刷新、1837年にさらに改訂)、ベルリン(1876年)とヨーロッパ諸国で次々と上演されていく人気演目になりました。音楽に関しては、有名なダンスや流行歌からの借り物で始まりましたが、その後も新しい上演場所が加わるたびにオペラや流行歌などが追加され、「パッチワークのような音楽」と評されます。また、振付も上演場所によってパ・ド・ドゥが追加されたり、ときに全面改訂されたりと目まぐるしく変動していきます。

 

フランスバレエの衰退などを契機に、これら初期のラフィユは上演されなくなってしまいましたが、20世紀後半になって、イギリスが誇る偉大な振付家フリデリック・アシュトンがラフィユの振付を決めたときに、歴史研究家とともに、各国の図書館やアーカイブからいくつかのスコアを入手し、ジョン・ランチベリーが新たに作曲・編曲し、アシュトン版のスコアを完成させました。このスコアにアシュトンが振り付けたアシュトン版は、1960年にイギリスで初演され、現在まで人気作品の1つとして上演され続けています。

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 他方、フランスの後バレエの中心地なるロシアでの初演は1800年でしたが、その後何回かの改訂を繰り返し、1885年に当時著名なイタリアのバレリーナ(Virginia Zucchi)をマリインスキー・バレエに招聘するにあたり、改めてベルリン上演時のスコアを取り寄せ、プティパとイワーノフが振付を改訂し、ロシア版のラフィユが完成します。

当時、マリインスキーは、ベルリンからのスコアの貸出料とVirginia Zucchiとの契約料でかなり高額の支払いをしたそうで、当時のロシアの国力を象徴するバレエだったのではないかと思います。

その後、1903年にアレクサンドル・ゴールスキーが、イワーノフ版をベースに多数の音楽を追加して、ゴールスキー版を完成させました。

 

なお、コンクールでよく使用される「リーズのヴァリエーション」は、ゴールスキー版で初めて取り入れられたものです。このヴァリーションを含むパ・ド・ドゥはゴールスキー版オリジナルで、ヨーロッパで上演されたバージョンの音楽をベースにして振り付けられたアシュトン版にはありません。

 

みどころ - Must-see points

「ラ・フィユ・マル・ガルデ」は、フランス語で「監督不行き届きな娘」といった意味で、アシュトン版には「わがまま娘(Wayward Daughter)」という副題が付けられているところからもイメージできるとおり、お転婆娘のどたばた物語です。

詳しいあらすじについては、こちらのページがかなり参考になります。冒頭のざっくりしたあらすじのあとに、重要シーンごとの詳細なあらすじが続いているのですが、ラフィユはお芝居の多い作品なので、詳細なあらすじの方を観ながら全幕映像を観ると、ぐっと物語わかりやすくなって、楽しめると思います。

 

ここでご紹介するアシュトン版では、そのどたばたドラマの中にとっても個性的で愛すべきキャラクターが多数出てきて、ほっこり心暖まる物語に仕上がっています。

そんなアシュトン版ならではの、お子さんが大好きになりそうなみどころをいくつかご紹介します。

全幕映像 Full-length

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この映像は、生の舞台を撮影したものなのですが、撮影者がバレエに詳しい方らしく、まるでDVDの映像のように絶妙にクローズアップや引きの映像を取ってくださっていて、十分楽しめます。

ちなみに、リーズの母・シモーヌ役をボリショイのスター、ニコライ・ツィスカリーゼが好演しています。(がさつで乱暴だけど、とっても人情味があって、今まで観たシモーヌの中で一番好きかもです)

ニワトリのダンス - Chicken Dance

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幕開けの冒頭がニワトリで始まるのが楽しい物語へのわくわくを膨らませます。さすがはかぶりものがお得意なアシュトン、コミカルかつリアリティのあるダンスで、世代を問わず観客を楽しませてくれます。

実際に、雄鶏は男性、4羽の雌鳥は女性が演じていて、頭のマスクは目の部分が空いていて視界は確保できるものの、激しく動くとマスクがずれるため、踊っている間はほとんど何も見えないようです…。

あやとりのパ・ド・ドゥ&リボンのパ・ド・ドゥ - Act 1 Pas De Deux with Ribbon

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ピンクのサテンリボンで二人の心の結びつきを表しながら、かわいらしく、そして踊りながら小道具も使うダンサーたちにただただ感動する場面です。特に、1つめのビデオの7分あたりで、リーズとコーラスが1本のリボンをまるであやとりのように扱う様子は必見です!

リボンを使ったパ・ド・ドゥのアイディア自体はイワーノフ版で生まれたもので、アシュトンはイワーノフ版を踊ったダンサーから直接教示を受け、これを継承しています。

アランという役柄 - Alain, the cutest character

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この物語を楽しくしているのはアランがいるからこそ。主役のリーズ&コーラスと同じくらい大きな拍手をもらう1人がアランです。この映像では、おつむの弱いアランのコミカルな動きと愛すべきキャラクターがよく伝わってきます。

そして、私は全幕映像の一番最後のアランのシーンがとっても好きです。「アランは、コーラスにリーズを取られてしまったかわいそうで哀れな男の子ではないよ。赤い傘が隣にいてくれれば幸せになれるから!」と観客に伝えてくれる、とっても心暖まるシーンです。

木靴の踊り - Clog Dance

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男性が演じるリーズの母親シモーヌは、アランと並び主役に匹敵する人気を誇る役柄です。がさつで強引な母親ですが、みんなに乗せられてつい踊ってしまうおちゃめなシモーヌ4人の娘たちとの掛け合いもかわいく、何度も観たくなってしまう魅力にあふれる踊りです。

 

ラフィユのほっこり感、ぜひご家族で味わってみてください!!