BALLET & DANCE = My LIFE

バレエのこと。ダンスのこと。

4バレエ団4様の「くるみ割り人形」

f:id:soliloquy-about-ballet:20191231102708j:plain

いよいよ2020年を迎えますね。今年最後の記事として、12月前半、日本にて「冬の風物詩」(になってほしいと願っている)「くるみ割り人形」について書いておきたいと思います。

 

くるみ割り人形」といえば、アメリカのバレエ団では1年の収益の半分近くを稼ぐと言われる定番の演目。日本でも人気の演目で、普段バレエを観ない方でも「くるみ割り人形」だけは観たことがあるという方もいらっしゃるのではないでしょうか。

チャイコフスキーの音楽は、クリスマス近くになると街中から聞こえてきますし、ソフトバンクのCMやのだめカンタービレなど多くのテレビ番組でも使われているので、バレエを知らない方でも親しみやすい作品です。

 

今年の東京は、以下のリストを見ていただくとわかるとおり、珍しく主要バレエ団がすべて「くるみ割り人形」を上演する「くるみイヤー」でした。バレエ団によってはあえて演目を外して「くるみ」を上演しない年もありますので、「今年は見比べてみるのに最適!」と思い、★印の4つのバレエ団の「くるみ」を観てきました。

11月28日-12月1日,5日,7日,10日,14日 Kバレエカンパニー

12月7-8日 井上バレエ団

12月7-8日 スターダンサーズ・バレエ団★

12月13-15日 東京バレエ団

12月14-15日 牧阿佐美バレヱ団★

12月14,15,17,21,22日 新国立劇場バレエ団★

12月21-22日 東京シティ・バレエ団

1227-28小林紀子バレエ・シアター

 

一時帰国の日程と他の予定との調整上、4つのバレエ団しか観ることができなかったのですが、いずれの日程もクリスマスに近い週末で、複数のバレエ団が上演している激戦の日程。

しかし、どの公演もざっと見て9割近くお客様で埋まっている観客席を見て、とても嬉しかった!

もちろん、バレエ団・ダンサーといった関係者の努力によるところが大きいと思いますが、客席数からしてこの4公演だけでも6,000人以上のお客様が劇場に足を運んでくださり、終演後の高揚した空気を感じられたことが、とても印象に残りました。

 

また、これだけ短期間に多くの「くるみ」を観たのは初めてだったので、劇場の違いや演出(振付・衣装・舞台装置・舞台転換・設定・編曲等)の違いを他の公演の記憶が鮮明なうちに比較することができ、とても興味深い経験になりました。

 

そこで、ぜひ皆さんにもバレエ団によって「こんなに違いがあるんだ〜」と知っていただき、「来年は違うものを観てみようかな」とか「来年から観始めてみようかな。これが観てみたいな。」と感じてもらいたい!と思い、以下を書きました。(もう来年のこととは気が早いですが笑)

 

以下の目次が、各バレエ団の演出の特徴です。本文では、どんな方に観ていただいたら楽しめそうか、ややネタバレ含めつつ書いてみました。実際に観た日程に沿って書いていますが、気になる目次のバレエ団から読んでみても良いかもしれません。

 

現実からファンタジーの世界に誘う素敵な夢を描くくるみ

f:id:soliloquy-about-ballet:20191231101027j:plain

スターダンサーズ・バレエ団の演出は、なんといってもファンタジック。クララたちがお菓子の国へ向かう船にはドラゴンの羽がついていますし、第2幕のお菓子の国ならぬ「人形の国」のセット、ドールハウスもとってもキュート。お子さんの心を鷲掴みにしてしまうこと間違いなしの世界観でした。

 

このファンタジー感が活きるのは、1幕あってこそ。1幕1場は、通常この物語の主役クララ(マーシャということも)のお家の中で展開されることが多いですが、スタダンの1幕はドイツのクリスマスマーケットに着想を得た、屋外での楽しいひととき。リアルなクリスマスマーケットのセットのなか街の日常が描かれ、この現実世界との対比で、人形劇小屋の中で起こる不思議なファンタジーの世界が際立ちます。

 

また、特徴的なのは、ダンサーたちがトゥシューズを履かずにモダンな振付に挑む「雪の場」です。雪の音楽は、始めはらはらと舞っていた雪が、だんだん強く、吹雪いていく展開を見せるのですが、トゥシューズなしでのダイナミックなダンスは、特に後半の肌を刺す冷たくて怖い吹雪を表現するのに適しているように思いました。型があり制御されているクラシックの振付だと、自然の厳しさや差し迫る恐怖感を表現するのはなかなか難しいので、このバージョンの振付を見ると、チャイコフスキーの音楽を直感的に感じ取れるように思います。

 

最後には、ダンサーたちによる舞台からのお菓子投げのクリスマスプレゼントがあり、会場は大盛りあがり。お菓子投げは、特にバレエをゆっくり楽しみたい大人からは異論があるかもしれませんが、子どもたちが来年も「また観に行きたい!」と言ってくれるような仕掛けは素敵だなと素直に思いました。

 

デートにおすすめ、しっとりとした大人向けで美しいセットが印象的なくるみ

f:id:soliloquy-about-ballet:20191231101219j:plain

東京バレエ団の「くるみ割り人形」は、新制作のバージョンが初お目見え。例年、東バは「くるみ」を上演しなかったり、ベジャールの「くるみ」を上演したりとバリエーションが多い印象ですが、今年は新制作でどのような舞台に仕上がるのか楽しみにしてきました。

 

まず、舞台装置と衣装の美しさが印象的な舞台でした。民間でこれだけ良質な舞台を創れるのはすごいなと改めて。この装置と衣装を観ているだけで、非日常感に満たされて「バレエを観に来たなぁ」との満足感に浸れます。ロシアバレエの系譜をつなぐ芸術監督のもと、ロシアの伝統的なワイノーネン版をベースにし、正統派でセンスが良く、舞台転換も壮大かつ無理のない展開で、見応えがあります。1幕1場の途中では残念な演出もありましたが、その後クリスマスツリーが大きくなる(=マーシャたちが小さくなる)シーンのリアル感を高める大きな舞台転換も、わかりやすく初めてでも楽しめます。

 

また、他の3バレエ団と違い、1幕1場のマーシャとマーシャのお友達を、男の子役も含め大人の女性ダンサーが踊るのも特徴。「くるみ」は実に多くの演出があるのですが、演出の大きな分岐の1つは、マーシャ(またはクララ)を大人・子供いずれが演じるか(金平糖の精とマーシャを同一人物にするか、にもつながります)、マーシャの周囲のお友達を大人・子供いずれが演じるか、だったりします。好みが分かれるところですが、東バのように大人だけで演じるのもまとまりが出て良いなと思いました。日本人は身長が高くないので、子供役も結構はまりますしね。東バは、マーシャと金平糖の精を1人が演じ、ドロッセルマイヤーの存在感が大きくなく王子に導かれる成長物語なので、ロマンティックさが引き立ちます。この演出が、大人向けと表現した所以でもあります。

 

あと、今回の新制作では数人のダンサーが振付助手を務めているのですが、個人的にはブラウリオ・アルバレスが振り付けたねずみVS兵隊の戦いの場面のフォーメーション等が面白く、飽きずに見られたのはポイントが高かったです。(くるみって11場といい、戦いの場面といい、演出・振付の良し悪しで観客を飽きさせてしまう可能性を大いにはらんでいて、なかなか難しい作品だなといつも思います)

 

バレエを習う子供たちに刺激を与える、未来のダンサーが大活躍のくるみ

f:id:soliloquy-about-ballet:20191231101309j:plain

牧阿佐美バレヱ団の一番の見どころは、なんといってもクララを始めとする子どもたちの活躍でしょう。

牧のパンフレットには1963年からの歴代のクララの名前が記されているのですが、その面々を見ると、パンフレットに名前を記載している理由がわかります。高田茜さん、影山茉以さん、木村優里さんなど、国内外で現在活躍しているダンサーがみな、子供の頃に牧のクララを踊っているんですね。今回久しぶりに牧のくるみを観て、改めて粒揃いの子供ダンサーたちがいることを実感しつつ、子供のダンサーを育てるバレエ団・バレエ学校としての能力は突出しているとの印象を受けました。東バとは対象的にクララもクララのお友達もみな子役ですが、しっかり踊れていて飽きることがありませんでした。

 

私自身がそうであったように、バレエを習っている子供たちが観れば大いに刺激を感じる作品でしょう。また、大人のみなさんも未来のバレエ界を担うかもしれない小さなダンサーたちを知っていただき、ぜひ長く応援してもらえたら嬉しいです。私も、今回観たクララの子の名前は覚えましたので、今後陰ながら応援していきたいと思います。

 

全体の演出としてはオーソドックスなくるみなので特筆すべき点がないのが残念ですが、コール・ド(群舞)の質が高く、特に「雪の国」は見応えがありました。くるみは客席のどの位置から観るのがベストか悩む演目ですが、牧は2階から観るのもオススメです。雪の場の美しいフォーメーションチェンジは、上階から観ていて壮観です。

 

スタダンと同じくダンサーによるお菓子投げがあったり、終演後レヴェランスのときに「写真OK」とのパネルが掲げられるのが面白かった笑。アメリカではみなレヴェランスになると誰が言わずともぱしゃぱしゃ写真を撮り始めますが、日本人は撮りたいと思ってもなかなか撮らないですからね。バレエ団からOKをもらってみなさん安心して写真撮影を楽しんでいました。

 

難しい振付をこなすダンサーたちに拍手喝采、バレエを観たい人向けのくるみ

f:id:soliloquy-about-ballet:20191231101404j:plain

新国立劇場バレエ団のくるみは、ただただダンサーの方々に拍手喝采です。今上演しているくるみのバージョンは今回初めて観ましたが、何が特徴かってとにかく振付が難しい。音を刻むように細かくパ(動き)が入り、男女が組めばリフトのオンパレード。中途半端なレベルのバレエ団では踊りこなすことのできない、難易度の高いくるみとの印象を受けました。このレベルの振付をしっかり踊れる新国立劇場バレエ団はさすがで、特に花のワルツが終わったときにはただただ感動。(花ワルって飽きるポイントのひとつだと思っていたのですが、次々と繰り出される動きの数々に釘付けでした)

 

新国立劇場の充実した舞台設備を存分に使った美しい舞台転換や装置も見どころではあるのですが、何より振付に目がいくので、バレエという踊りを観たい人におすすめのくるみと感じました。残念だったのは、1幕1場の子供の使い方でしょうか。

新国の演出では、クララは途中まで子供が演じ、クララのお友達も子役でしたが、子供を活かす振付・演出にはなっておらず、バレエに興味がない人だと少し飽きてしまう間延びした時間になっていたように思います。アグレッシブな大人のダンサーの振付と対比すると、子供の振付には興味がなかったのかなと思ってしまうほど。ダンサーのレベルは、コール・ドから主役までかなりレベルの高い公演でしたが、同時にもったいないとの感覚も拭えませんでした。

 

ひとたび客席に目を向けてみると、海外からのお客様が圧倒的に多いことは新国ならでは。特に欧州からのお客様にとっては、国立のバレエ団が一番のバレエ団というイメージも強いでしょうから、自然に新国を選ばれているのだと思いますが、日本は世界に珍しく民間のバレエ団がひしめきあいながら切磋琢磨していますので、ぜひ来年は民間のバレエ団も観に行っていただきたいなと思ったりしました。